欧米心霊行脚録


本書刊行に就いて

 私は姪の子たる博に、弟の書いたもので、雑誌に発表したものは勿論むろん、発表してらぬものでも、一応しらべて取纏め、書物になるよう整理すべく依嘱いしょくしました。そして第一に取纏めて来たのが、の心霊行脚録です。

 心霊行脚録なるものは、昭和三年、ロンドンで開かれる『世界神霊大会』に、日本神霊論者の代表として、弟が出張参加した時の紀行文を主としたもので、当時『心霊と人生』誌に発表されたものです。で、今頃そんなものを出版したところで、果して何の役に立つだろうかと、私は初め思ったのでした。

 昭和三年といえば、最早もはや十年も昔のことですが、当時私も勿論むろん一度は眼を通した行脚録です。が、今月では、どんな事が書いてあったのか、ほとんど記憶から消え去ったといってもよい位でした。で、初めどうかと思って、しばらの侭にして置いた原稿を、兎にも角にも、改めて一応読み直して見ることに致しました。

 さて読み直して見ると、それは単なる紀行文というばかりでなく、彼が人間としての自己描写とも見らるべき記事が、随所に発見さるるのであります。中には感想を序した所もあり、主張を述べた所もあります。そしてそれは、改まった論説めいたものよりは、気軽に取扱われてる所に、却って彼の真骨頂が露出されることが看取されます。

 十年の星霜は、人間世に、幾多の変遷を持ち来しますが、山河と共に、る不変のもののあることもまた認められます。学問的の彼の著書もさる事ながら、私はの行脚録に他所行きでない、不変な彼を見出し得るような気が致します。

 私は彼の霊魂と、常に会話を交換しますが、それには、何かる物足らなさの感あることを免れません。ところでの行脚録には、つくづく肉身的実感をさえ催されます。れは骨肉の情に過ぎぬものであるかも知れませんが、人間としての彼の全貌という訳には行かぬとも、少なくとも、の側面丈は、本書によって露出されてり、十年の歳月が流れ去った後の今日でも、なおつ新らしいともいえるように思われます。こここれを世に送らんとせる所以ゆえんであります。

   昭和十三年  月

浅野正恭誌
 

欧米心霊行脚録

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