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三尺坊と才一郎

十一 三寸角すんかくもち

 二十九日には御神酒おみきそなえ、かがりをたきておれい申上もうしあげたのでしたが、丁度ちょうど正午ひる時分じぶんに三ろう不図ふと社壇しゃだん背後うしろきますと、三寸角すんかくばかりもちいくつもちてました。

『どうしてんなところにもちいてあるのかしら……ねずみでもいてたのかナ。』

 ふかくはにもとめず、それなりにわすれてました。

 くれば晦日みそか、二なん卓齋たくさい才一郎さいいちろうむかい、

『一たいうすれば御神慮ごしんりょかなうものかしら……。』

という質問しつもんはっしました。それにたいする才一郎さいいちろうこたえはなかなか十七八さい青年せいねんくちからそうにおもわれぬほどすぐれたものでした。すなわ

ひとともながることひとにさせず、自身じしんるように心懸こころがけ、またひとそしることをやらぬように心懸こころがくればかみ御心みこころかないまする。』

というのでした。無論むろんわかったことではありますが、その実行じっこうきればなかなか大変たいへんなことに相違そういありません。

 いよいよその翌日よくじつは十二がつ朔日ついたちであります。才一郎さいいちろうそのまで断食だんじきでしたが、その起居ききょ動作どうさるにすこしも平常ふだんかわったところがありません。この一当時とうじ柳田やなぎだ宿泊しゅくはくして芙山ふざん老師ろうしとく感歎かんたんせるてんでした。老師ろうし雲水うんすいころ日間かかん断食だんじきし、清水せいすいんで修行しゅぎょうしたことがあるのです。ところで、その経験けいけんによれば三日目かめというとき格別かくべつ困難こんなんときで、くるしくてたまらぬものなのだそうですが、才一郎さいいちろうは三日間かかんみずてきだにまずして、べつこまった様子ようすせません。不審ふしんあま老師ろうしその理由りゆうをただしますと、才一郎さいいちろうこたえに、具合ぐあいしくならぬこともありませんが、そんなときには暫時ざんじねむるともととおりになり、歩行ほこうなどもらくになるというのです。それをきいて芙山ふざん和尚おしょうはますますおどろき、一たい三断食だんじきすれば手足てあしだるく、なかなか歩行ほこうなどのできたものでない。それがそうでないのはたしかに神様かみさま御守護ごしゅごのおかげである。才一郎さいいちろう最早もはや凡境ぼんきょう人間にんげんではござらぬ、ともうしたのでした。

 なににしろ今日こんにちはおわかれのであるというので、才一郎さいいちろう清浄せいじやうなるよくし、午餐ごさん神様かみさまからの差図さしずだとってお土産物みやげもの買調かいととのえてづくろいをいたし、

『これですッかり準備したく出来できましたからすこやすませてもらいます。』

ってうつらうつらねむりにきました。

 が、ほどなくかれまして泰治たいじわきまいんな物語ものがたりをしました――

只今ただいまわたしねむってりますと、神様かみさまがおあらわれになり、二十九にち社壇しゃだん背後うしろもちいてあったのを三ろうられた。一たい社檀しゃだん背後うしろへはくことらぬとかねがね申付もうしつけてあるに、そのほうがそのむね申伝もうしつたえることをおこたってたばかりに斯様かよう失礼しつれい出来しゅったいしたのだ。はやみずびておことわもうせ。今後こんごけっして社壇しゃだん背後うしろってはならぬ。掃除そうじでもするときは、前日ぜんじつにそのむねをおことわ申上もうしあげ、夜分やぶん五ツどきより以後いご御神前ごしんぜんへもってはならぬ。今日こんにちからここ神様かみさま御休息所おやすみどころとなったのであるから、何時いつ神様かみさまらせられることがあるかもれぬ。大屋根おおやね土蔵どぞう屋根やねとう同様どうようである。ながよんどころなきせつくるしからず。このむね屹度きっと心得こころえよ、――ういうおうせでござります。何分なにぶんにも向後こうご御注意ごちゅういねがいます。またろうさまには御気おきどくでもみずびておびをしていただきます……。』

 泰治たいじおどろいて早速さっそくろうめいじ、みず神前しんぜん拝伏はいふくしておびを申上もうしあげさせたのでした。


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