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三尺坊と才一郎

十 かみ姿すがた

 才一郎さいいちろう命令めいれいかたまもり、そのより何物なにものべずにりますうちに、はやくも約束やくそくの二十八にちになりました。そこ才一郎さいいちろうおけみずれて八足台そくだいせる、竹竿たけざお仕切しきりをつける――指図さしずされたとおりの準備じゅんびいたしました。ただし、命令めいれいなれば御灯明おとうみょうそなえず、おかがりかず、いずれもしずまりかえってして時刻じこくちました。三尺坊さんじゃくぼう拝顔はいがん許可きょか面々めんめん才一郎さいいちろうちち澤井さわい才亮さいりょう師匠ししょう柳田やなぎだ泰治たいじ同妻どうつま惣領そうりょう太郎馬たろうま、二なん卓齋たくさい、三なんろう泰治たいじ再従兄いとこあた駿州すんしゅう清見寺せいけんじ隠居いんきょ芙山ふざん老師ろうしの七にんでした。

 と、たちまち一どう眼前がんぜん咫尺しせきところにありありとあらわれましたのが三尺坊さんじゃくぼうならびその眷族けんぞくたち神々こうごうしい姿すがた……。

神姿しんし物語ものがたることは厳禁げんきんで、これおかせば生命いのちうばわれるとわれてますので、これかんすることは一げん半句はんくのこしてありません。大正たいしょうねん物故ぶっこした太郎馬たろうま政寛まさひろは、日頃ひごろ家族かぞくものむかい、自分じぶんがいよいよときには、御神姿ごしんし物語ものがたろうとってたそうですが、さてやまいおもくなると、それにつれて意識いしき朦朧もうろうとなり、とうとうなにわずに長逝ちょうせいしたそうです。二なん卓齋たくさい、三なんの三ろう両人りょうにん場合ばあいにもみな同様どうようであったともうします。されば神姿しんし記録きろくだけ永久えいきゅううしなわれたわけであります。)

 のあたり神姿しんしせつした七にん人達ひとたちいずれも感極かんきわまってうれしなみだむせんだともうしますが、さもあるべきことでありましょう。するとやがて才一郎さいいちろうわきから、

御拝礼ごはいれいんだなら早々そうそういえなかへお這入はいりください……。』

もうしますので皆々みなみな座敷ざしきかえり一しん真言しんごんとなえてりますと、もなく才一郎さいいちろうあとからやってて、

神様かみさまたち最早もはやちになられました。――御三方ごさんぽうそばんなものがいてありましたが、大方おおかた今晩こんばんのお土産みやげございましょう。』

 そうって才一郎さいいちろう割松わりまつ差出さしだしました。

『ヤレヤレ有難ありがたいことだ!』

 感涙かんるいむせびつつ一どうふたた神前しんぜんへまかり御礼おれい申上もうしあげ、さておけしらべてると、最初さいしょとうばかりあったみずわずかに二ごうほどにってります。その附近ふきんても何所どこにもみずのこぼれた痕跡こんせきがありません。

神様かみさまあがってくだすったのだ。勿体もったいないはなしだ。』

 一どうただただ感涙かんるいむせんで拝謝はいしゃたてまつるよりほかありませんでした。

 このどうをびッくりさせたのは才一郎さいいちろう太郎馬たろうまに一つう書置かきおき手紙てがみわたしたことでした。その文言ぶんげんうです――

私儀わたくしぎ今般こんぱん秋葉あきば大権現だいごんげんさまつき相成あいなりそうろうきては、慶応けいおうねん十二がつ朔日ついたち御山みやままい申候もうしそうろう帰宅きたくはやくて来年らいねんおそくて再来年さらいねんちゅう申候もうしそうろう皆様みなさまには近々きんきんうち帰宅きたくいたそうろう申候もうしそうろうえども、あなたさまには鳥渡ちょっと申上もうしあげそうろう以上いじょう

 状袋じょうぶくろおもてには『柳田やなぎだ太郎たろうさま才一郎さいいちろう』としたためてありました。

『いよいよんでもないことになってた……。』

 あぶなッかしいような、しかしなにやらうれしくもあり、かなしくもなるような複雑ふくざつかん人々ひとびとむねみなぎりました。


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