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三尺坊と才一郎

二 煉瓦むねがわらのおふだ

 物語ものがたり発端ほったん慶応けいおうねん丁卯ひのとうがつことであります。――慶応けいおうねんというとまさ旧幕きゅうばくから明治めいじへの一だい転換期てんかんきぞくし、人心じんしんいやうえ昂奮こうふんきょくたっし、彼方あち此方こち血腥ちなまぐさ風評うわさきこえ、またいろいろの不思議ふしぎ現象げんしょう頻発ひんぱつしました。げんその前年ぜんねん慶応けいおうねんというとし日本にほん全国ぜんこく就中なかんずく関西かんさい地方ちほうでは空中くうちゅうからおふだったとしなのであります。

 さてここ尾張おわり藩医はんい柳田やなぎだ泰治たいじというひと内門人うちもんじん澤井さわい才一郎さいいちろうという十七さい青年せいねんりました。沢井町さわいちょう町医まちい澤井さわい才亮さいりょうもうひとせがれでありましたが、十七さいにもなって時々ときどき寝小便ねしょうべんをするくらいですから性質せいしつ余程よほどぼんやりしたほうであります。十がつ自宅じたくおもむ暁近あけちかくなってから宮町みやまち丁目ちょうめ柳田やなぎだていもどったのでありますが、ういうわけかこの終日ひねもす才一郎さいいちろう食事しょくじいたしません。

そのほう何所どこからだ加減かげんでもるいのか。』師匠ししょう泰治たいじ心配しんぱいしてたずねました。『何故なぜ食事しょくじいたさんのじゃ?』

 しばらくモジモジして才一郎さいいちろうようやくにしてくちりました。

じつ昨晩さくばんゆめたのでございます。ゆめなか一人ひとり見知みしらぬかたあらわれ、明日あす終日ひねもす物断ものだちしてみずび、柳田やなぎだひがし土蔵どぞう屋根やねのぼっていと吩附いいつけられたのでござります。んだか気味きみわるございますからわたくし食事しょくじいたしませんので……』

 これをきいて泰治たいじわらしました。

なにかとおもえばゆめ物語ものがたりじゃナ。そのほう日頃ひごろ天狗てんぐはなしをきくのがきなので、左様さようゆめたのであろう。このごろ天狗てんぐさんにさらわれるものがあるという風評うわさもあるから、繁昌院はんじょういん秋葉宮あきばのみや参詣さんけいして頑愚がんぐわたしなればおれくださることひとえ御免ごめんくださいとおねがいしてるがよい。そうすれば自然しぜんこころ落付おちつくであろう。はよってまいれ。』

『かしこまりました。』

 才一郎さいいちろうはおとなしく師匠ししょう命令めいれいどおり伊勢町いせちょう修験者しゅげんじゃ繁昌院はんじょういん出懸でかけたのでした。

 が、かえってた十昼頃ひるごろ才一郎さいいちろうはこッそりと土蔵どぞう家根やねのぼってきました。すると不思議ふしぎにも秋葉あきば大権現だいごんげん御札おふだいしおもしにしてむねがわらうえいてあったのであります。

矢張やはりあのゆめ正夢まさゆめだッた!』

 いそいでそのふだって家人かじんしめしたので人々ひとびと不思議ふしぎ見張みはりました。

てんからおふだるというはなしはかねがねきいてたが成程なるほど事実じじつかもれない。たしかにこれは秋葉様あきばさまのおふだ相違そういない………』

まったくどうも勿体もったいないはなしだ。はやくお灯明あかりでもあげ、お神酒みきでもそなえることだ……。』

 近隣きんりん人達ひとたちもききつけて神酒みき灯明とうみょう準備じゅんびはもとよりのこと、かど青竹あおだけてて七五三しめるやら、かがりをたくやら、大変たいへんさわぎになりました。泰治たいじもこのときはじめて、成程なるほどかみ不思議ふしぎということ無視むしされぬものだということかんしたそうであります。


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