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岩間山人と寅吉

 三十六 器量きりょうだめし

 俚諺ことわざにも可愛児かわいいこにはたびをさせよとあるとおり、寅吉とらきち時々ときどき師匠ししょうからひど器量きりょうだめしにってるのでした。平田ひらたおう寅吉とらきちむかい、

なんあぶない、おそろしいったことはないか』

たずねますと、寅吉とらきちはいろいろの難儀談なんぎだんこころみました。

『一ばんあぶなわされたのはある岩山いわやま頂点てっぺんでのことでした。其所そこには宛然ちょうどしたしたようにツルツルするいわが二しゃくばかりしてましたが、師匠ししょう日暮ひくれごろわたしそのいわうえてたままかえりかけるのです。わたし大変たいへんだとおもってなが師匠ししょうにしがみつきましたが、とうとうはなされてしまいました。仕方しかたがないからいわにかぶりいて、不図ふと下方したると巌石がんせきはまるでやいばえたごと谷底たにそこまではなんじょうあるかわかりません。わたしはぐらつく、胴慄どうぶるいはする、んなくるしいるよりは、一とおもいにちてんだほうがマシだとおもいましたが、まァて! 明日あすあさまでってもむかいにてくれなければ、そのときんでもおそくはないとはらえてまなこぢ、一しん伊勢いせ太神宮だいじんぐうねんずるになりました。すると師匠ししょうはたして翌朝よくちょうむかいにてくれましたが、そのとき気持きもちはいまわすれられません。

日光山にっこうさん奥山おくやまてられたとき大変たいへんでした、何故なぜっておおかみうしろからわたしいかけてるのですもの……。わたし命限いのちかぎ根限こんかぎにげまして、最後さいごに一ぽんうえのぼりました。そして一しょう懸命けんめい師匠ししょうからおしえられた九りましたが、ドーいうものかそのときかぎりて九はさっぱりかず、おおかみきばし、根元ねもとて、わたしおそろしいにらながら、夜通よどおつちるのです。すると時刻ときつにしたがってだんだんがグラつきすのですから気味きみるいこと一ととおりではありません。いまにもグラリと横倒よこたおしにたおれるのではないかしら――わたしはそのことばかりにられましたが、さいわおわらざるうちけておおかみりました。そのときなども随分ずいぶんこまりました』

 平田ひらたおう寅吉とらきちはなしをきいてひどく感心かんしんし、

『イヤおまえ師匠ししょうこころおもむねがあって、ワザとおまえをさまざまのつらわせたのに相違そういない。外面うわべはいかにもなさけないヤリかたのようだが、じつかたちかくしてわき見張みはってれたのかもれない』

『そうえばわたしおもあたことがあります』と寅吉とらきちもしみじみとした句調くちょうで『わたしてられたのは毎時いつもそらんでときですから無論むろん履物はきものにも穿いてはません。そのくせあしにはすこしもつちかず、何時いつつちから二すんばかりうえある気持きもちがしてました。てられた当座とうざはただかなしいのとうらめしいのがきにって、そんなことふかにもとめませんでしたが、先生せんせいからそうわれてれば成程なるほど師匠ししょうわたし蔭身かげみいて守護しゅごしててくれたのかもれません』

 日頃ひごろ腕白わんぱくなのにず、寅吉とらきちなみだぐみて師恩しおんかたじけなさをこころからかんじた様子ようすでした。


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