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岩間山人と寅吉

 三十 邪神じゃしん来襲らいしゅう

 三がつ二十二にちには寅吉とらきち日暮ひぐれからおくとこまえし、なにやらひくこえでブツブツってりますので、平田ひらたおう心配しんぱいしてうしたのかとたずねますと、

じつ尾籠びろうながら数日前すうじつぜんから小用こようをするといたんでこまります』

とのこたえでありました。この寅吉とらきち甘茶あまちゃせんじてくれとって、それをガブガブ鱈腹たらふくんだから、それで心持こころもちわるくなったのであろうというので、れい行中ぎょうちゅう寝所しんしょである、板敷いたじき荒薦あらごもうえれてってかしますと、矢張やはくちなかなにってりましたが、それが追々おいおい声高こえだかになってまいりました。

『こりャまた神憑かんがかりの前兆ぜんちょうかもれない。』

 人々ひとびと神憑かんがかりには近頃ちかごろ場慣ばなれがしてましたので、折瀬おりせ平田ひらた夫人ふじん)おかね、善次郎ぜんじろう面々めんめん早速さっそくからだきよめて寅吉とらきち身辺しんぺん集合しゅうごうして様子ようすうかがってりますとはたして明晰めいせき言語げんご寅吉とらきちくちかられてました。――

『これほどにかみみちひろめようとして、ぎょうをしてところに、そのつかれになやみにかかるとは不届ふとどきのやつ!』

 さもさも忿怒ふんどえぬとった口吻こうふん……きつづいて、

『おのれたち大勢おおぜいちから引込ひきこみにかかってるようであるが、そうはさせぬぞ。んの、かみみちひろめずにくものか。久伊豆くいずさま(こし産土神うぶすなかみ)も此所ここにおましでござる。この不届ふとどきもの奴等めらがッ!』

 んなことをかえかえって、何物なにものかを叱責しっせきする模様もようです。人々ひとびとも、

『さては寅吉とらきちなやませる邪神じゃしんどもがるに相違そういない。』

はじめてがつき、なかにも平田ひらた夫人ふじんすす

おそおお次第しだいござりますが、少々しょうしょう御伺うおかがいたしたきことござります。』

もうしました。すると

『そうもうすはだれか?』

 との質問しつもん折瀬おりせ

『わたくしは平田ひらた大角だいかくつま御座ござりまするが、さきほどよりの御立腹ごりっぷくなにゆえ御立腹ごりっぷくござりまするか。』

『イヤ禍神まががみどもがるのじゃ。一人ひとり二人ふたりならばいずれともなれど、百にんほどもこれへまいりて寅吉とらきちなやましる。すでさきごろ大角だいかくおそいて疫病えきびょうなやませし不届ふとどきやつどもじゃ。』

『それでは、寅吉とらきち苦悩くるしみのがれさせますには、いかがいたしたらよろしう御座ござりましょう?』

『それはこのほうよきようにいたすからかまわぬがよい。』

 平田ひらた夫人ふじんはこれにいささか安堵あんどしまして、

おそながらあなたさま寅吉とらきち師匠ししょうさまらせられまするか?』

たずねますと、

『あいあい。』

 との返事へんじに、一どうみなおそり、一人ひとりとしてあたまげたものはなかったということです。

 やがてふたた言葉くちれ、

久伊豆くいずさまには、最早もはやかえりなされませ。』

 ともうしますので、さては産土神様うぶすなのかみさま御帰おかえりかと一どうは一そう敬虔けいけんねんたれました。

 またしばらくぎますと、ふたたこえまして、

『さァ邪神じゃしんどもかえかえれ!』

 にこそえませんが、いかにも邪神じゃしんどもが天狗てんぐさまてられるようおもわれましたが、ただ一人ひとり頑強がんきょうなのがあとのこったらしく、それをばするどこえで、

『われは不届ふとどきやつじゃ。そのぶんにはかぬぞ! このほうほうどおりにおこなうから左様さよう心得こころえろ!』

 としかりつけ、みぎ邪神じゃしんごしになるのをとらえる塩梅あんばいで、

『こりャて! て! てッ!』

 と三こえつづけざまにさけび、

『おのれはまこと不届ふとどきやつだ! 明日あすまでに浅間山あさまやま出頭しゅっとうせい。ほうどおりにしてつかわすぞ!』

 凛々りんりんたる叱咤しったこえ耳朶じだひびき、さながらのあたりその光景こうけいるようにおぼえ、一どうはぞっとのよつのをきんませんでした。


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