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岩間山人と寅吉

 二十九 神楽かぐらまい

 直会なおらいしきおわりますと、今度こんど寅吉とらきち自身じしんちあがりて神楽かぐらいました。だい一のまい幣帛へいはくすずとをってい、だい二のまいすずおうぎとをり、だい二のまいすずさかきとをり、だい四のまいゆみってったのでした。みぎゆみまい山人界さんじんかい蟇目ひきめほうであったということです。

 以上いじょう四番ばんまいむと、今度こんど御鉄砲師おてっぽうし國友くにとも能當のう とう医師いし淺野あさの世寛せかんとを相手あいてに、俳優はいゆうまいを三ばんつづけていましたが、そののあざやかさは、とても腕白わんぱく小僧こぞう寅吉とらきち所演しわざとはおもわれず、だれてもかみかかりてうとよりしかえなかったそうです。

 神憑かみがかりのまいということは、そのみちひとにはよくられたことで、あえ寅吉とらきち場合ばあいかぎったわけでないのであります。いて芸人げいにんげいならあえおどろくにもりませんが、無骨ぶこつ人間にんげんがダシヌケにあざやかなところせるのですから、ドーかんがえたって只事ただごとではありませぬ。げんよく十四に、寅吉とらきち今夜こんやは一つ昨夕ゆうべよりも上手じょうずってアッとおどろかせてやるといまして、昼間ひるまから散々さんざん稽古けいこしていてさてよるになっていましたが、前夜ぜんやまいとはてもつかぬ、下拙へたくそなものであったそうです。ろうとしてれず、るまいとして自然しぜんれる――これがかみがかりの面白おもしろてんでありましょう。

 直会なおらいまいには、長袴ながばかまけて、あたかものうの三番叟ばそううな足拍子あしびょうしむところがありましたが、それがことごと拍子ひょうしかないて、さら杜撰ずさんのものではなかったので、そのみち玄人くろうとれんみなしたいて感歎かんたんしました。くて神楽かぐらおわりますと、いよいよ神送かみおくりのしきがありました。幣帛へいはくりて、先刻さっき奉幣ほうへいのようなことをなし、それから御燈明おとうみょうしました。

只今ただいま神様かみさまがおかえりなさるから雨戸あまどけてください。』

 かくいう寅吉とらきち言葉ことば人々ひとびと雨戸あまどけますと、今度こんど

神様かみさまがいよいよお出立たちだから大風おおかぜきます。』

 いもおわらずはたしてゴーッ! とばかりおこ大風おおかぜ――人々ひとびとまった奇異きいかんたれたのでありました。

 このまつりは午前ごぜん十一ぎからの九ごろまでかかり、はじめからおわりまできわめてただしく、到底とうてい少年しょうねんものこととはえませんでした。当日とうじつ参会者さんかいしゃは、れい屋代やしろおうをはじめ、地主じぬし御勘定ごかんじょう小島こじま祐助ゆうすけどう子息しそく泰次郎たいじろう酒井さかい若狭守わかさのかみ家来けらい伴州ばんしゅうろう秋元あきもと但馬守たじまのかみ家来けらい河野かわの大助だいすけ板倉いたくら阿波守あわのかみ家来けらい青木あおき郎次ろうじ御鉄砲師おんてつぽうし國友くにとも藤兵衛とうべえ医師いし佐藤さとう松庵しょうあん淺野あさの世寛せかん町人ちょうにん多田屋ただや新兵衛しんべえ佃屋つくだや傅次郎でんじろう高橋たかはし安右衛門やすえもん門人もんじん上杉うえすぎろう竹内たけうち健雄たけおの十余人よにんでありました。


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