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岩間山人と寅吉

 二十八 寅吉とらきち手製てせいのお供物くもつ

 寅吉とらきちはやがて健雄たけおむかってもうしますには、

明日あすのおまつりたてまつる品物しなもの自分じぶんつけて、自分じぶん料理りょうりしてたてまつるのがやま規範おきてだから、是非ぜひそうしたいとはおもうが、自分じぶんひとりでは品物しなもの値段ねだんわからないしまたかず沢山たくさんあってこまってしまう。――どくだが健雄たけおさん、一つ手伝てつだいをしてれないか。』

 健雄たけおこころよく、

『いいとも! そんな手伝てつだいならいくららでもける。』

 それから寅吉とらきち健雄たけおともにお祭用まつりよう物品ぶっぴん調達ちょうたつすべくまちかけ、彼方あち此方こっちはしりまわりていろいろの材料ざいりょうもとめてかえり、早速さっそくその調理ちょうり整頓せいとん着手ちゃくしゅしましたが、の八ぐるころあいまでには、大方おおかた調ととのえました。くる十三にちには早朝そうちょうからりかかってのこりの仕事しごとをすませ、九はんごろには調理ちょうりはいうにおよばず、神床かんどこ装飾品かざりたてしきがすっかり出来できあがってしまいました。

 神床かんどこ装飾そうしょくは、すべて古式こしきのっとりまして、真菰まこもいてそのうえ御座ござもうけ、かし、まさこじにして、白籬しろしでで、それを左右さゆうて、神籬ひもろぎとなし、寅吉とらきちみずからった幣帛へいはく御霊実ごれいじつとなしました。たてまつる幣物へいぶつはまず緑豆やえなりめし洗米せんまい御酒みきみずひれ広物ひろものひれ狭物さもの和物あえものおもなるものでした。みぎ和物あえものにつきては面白おもしろはなしがあります。青木あおき郎治ろうじという出入でいりのもの小鴨こがもを一たてまつりたいが、それは生乍いきなが差上さしあげるがよいか、それとも調理ちょうりしたほうがよいかとたずねました。すると寅吉とらきちが、いきながらたてまつほうはるかによいとったのでそのとおりにいたしました。のち神事しんじててから寅吉とらきちは、このとりひとられぬよう禁咒まじないをしてやるというので、早速さっそく加持かじおこない、秋元家あきもとけ河野こうの大助だいすけえるものをたのみて、不忍しのばず弁天べんてんいけはなしてやったということです。

 みぎげたお供物くもつほか寅吉とらきち自製じせい弊物へいもつ沢山たくさんありました。だい一が鰹節かつぶし田楽でんがく……。これは鰹節かつぶし湯煮ゆだきしてやわらかになし、それをあつさ二ばかりに輪切わぎりにしてすこしくあぶり、白砂糖しろざとう山椒さんしょとを一しょぜた味噌みそであえものにしたもので、供物くもつなかでもとく上等じょうとうぞくします。ぎになま長芋ながいもったのを一箸分はしぶんしお白砂糖しろざとう山椒さんしょとを少量しょうりょうづつまじえて、二すん角位かくぐらいった浅草あさくさ海苔のりつつみ、乾瓢かんぴょうむすんであぶらげたのがあり、そのぎにはしお白砂糖しろざとうあじをつけたさけなか長芋ながいもれてほどよく、それを輪切わぎりにして、そのうえこまかくったコロがきを一きれづつせ、葛粉くずこつつんで、おなじくあぶらげたのがあり、また慈姑くわい湯煮ゆだきしてりて、さけれ、鶏卵けいらん葛粉くずこみずきたるとをくわえて玉子たまごやきのようにやいたのがあり、そのほかいろいろの料理りょうり寅吉とらきちによりて調ととのえられました。此等これらのものをおまつりのあと諸人しょにんべさせましたが、そのあじのよきこと一ととおりでなく、成程なるほど神界しんかい調理法ちょうりほうまた格別かくべつであると舌鼓したつづみたぬものはなかったそうです。

 いよいよお供物くもつそろったとき寅吉とらきち大小だいしょうほん幣帛へいはくって、鄭重ていちょうにおはらいをしたうえ奉幣ほうへいしましたが、その形式けいしき普通ふつう奉幣ほうへいしきとは大分だいぶん相違そういしたもので、あとにてきけば、それは剣術けんじゅつだということでした。

 奉幣ほうへいおわるとそのつどえる人々ひとびと礼拝れいはいおこなわせ、それから人々ひとびと願事ねがいごとしるした書付かきつけ受取うけとりて、みぎ神床かんどこかたわらたてまつりました。しかしてのち寅吉とらきち自製じせい幣物へいもつをばみなろし、古式こしきとおり、神器しんきのまま直会なおらいしきおこなったのでありました。


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