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岩間山人と寅吉

 二十六 無言むごん質問しつもん

 平田ひらた夫人ふじんは、そのとき憑霊ひょうれいむかい、

『まことに相済あいすまぬ勝手かってねがいでござりますが、折入おりいっておれくださるようおねがいたします。』

慇懃いんぎん申入もうしいれました。

『それはまた何事なにごとねがいじゃ?』

ほかことでもござりませぬ。寅吉とらきちがこのたびぎょうに、日々にちにちごうめしべますのはよそにもがた難儀なんぎえます。それにき、わずかなりともそのたすけになりたく、大角だいかく篤胤あつたね俗称ぞくしょう)はじめ、竹内たけうち上杉うえすぎの三にん食事しょくじごとに一わんづつらしてりますが、明日あしたからはわたしもその仲間なかまはいぞんじます。以上いじょうにんもの減食げんしょく分量ぶんりょう寅吉とらきちべさせることは差支さしつかえないものでござりましょうか?』

『さァそれだけはどうも……』としばらくしぶりましたが、やがて

しからば一にんごとこめ一握ひとにぎり都合つごうつかぶんゆるすことにいたそう。ただ寅吉とらきち容易ようい承知しょうちいたすまいにより、自分じぶんゆるしたことをげてやるがよい。』

承知しょうちいたしましてござります。』と夫人ふじんよろこび『ついでこうもの少々しょうしょうゆるしくださるようおねがいたします。』

『それもよろしい。』

との返答へんとうでありました。

 このあいだ健雄たけお食事しょくじおわりました。やがて伝者ししゃ通告つうこくせっして屋代やしろおうもまいりましたので、健雄たけおからみぎむねれいつたえ、夫人ふじんかわりて寅吉とらきちまくらになりますと、その屋代やしろおう会釈えしゃくしました。寅吉とらきちからだはそのときあがりましたが、いかにも困難こんなん様子ようす中途ちゅうとめてふたたよこになり、

『ドーもこのからだしんいてありますのでおきることができませぬ。無礼ぶれいだんはおゆるしくだされ。』

弁解いいわけしました。どうおうはそのとき寅吉とらきちり、ややしばらくみゃくましたが脈搏みゃくはくまった断絶とだえたということでした。

 かかれるかみ屋代やしろおうにも、寅吉とらきち世話せわになったことをあつしゃし、その御礼おれいのしるしには御札おふだいてしんぜたいとしました。それからしばらく無言むごんになってしまい、只管ひたすら平田ひらたおうかえってるのをあぐんで状態さまでしたが、かく屋代やしろおうかみすずりつくえなどをきよめてし、自身じしんふでりて差出さしだしましたので、それではこうということになったとき、平田ひらたおうかえったという通知つうちがありました。

 それとると寅吉とらきちからだはムクムクとあがり、さきにもうけたるつくえもたれかかり、何度なんど何度なんどたおれかけましたので、健雄たけお背後うしろからそれをいてささえました。

 この平田ひらたおう昼間ひるまかいほどされた使者ししゃとはゆきちがいになってわなかったそうで、不在るすたく斯麼こんな事件じけん出来しゅったいしてることはすこしもらず、暢気のんき用事ようじまし、って帰宅きたくしたのでしたが、人々ひとびとから委細いさいをきいておどろき、よろこび、大急おおいそぎで水禊みそぎをやる、衣服きものあらためる。そしてかみがかりのまえて、うやうやしくぬかづきて一はいして質問しつもんはじめたのでした。

 しいことにはこのとき平田ひらた憑霊ひょうれいむかってなに質問しつもんし、またこれたいして憑霊ひょうれいがいかなるこたえをしたかはすこしも記録きろくのこってりません。一せつおうかんきわまって鳴咽おえつし、言葉ことばはっすることがきなかったのだといいますが、あるいはそうであったかもれません。


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