心霊図書館」 ≫ 「岩間山人と三尺坊」  ≫ 「岩間山人と寅吉

岩間山人と寅吉

 二十四 寅吉とらきち神懸かみがか

 さて寅吉とらきちは、いよいよ四からぎょうはじめ、五無事ぶじに三日間かかん経過けいかしましたが、七夕方ゆうがたれい善之助ぜんのすけ健雄たけおそばんでて、寅吉とらきちおくたおれ、わけわからん寝言ねごとのようなことしゃべってると注進ちゅうしんしました。

 で、早速さっそくると、寅吉とらきちはいかにもたおれてましたが、それはるのではなく、顔色がんしょく蒼白そうはく、四冷却れいきゃく、そしてなにやらみょう呂律ろれつで、耳慣みみなれぬことをベラベラ口走くちばしってるのでした。みみましてききますと、わずかに『それは左司馬さしまが』というのと、『やまかえってから』というのと、やッと二たことだけれました。

 この平田ひらた不在ふざいで、家族かぞく人々ひとびと塾生じゅくせいたちあつまって騒動そうどうするばかり、什麼どうしてよいやらさッぱり勝手かってわからない。ただ健雄たけおのみがいくらか落着おちついてて、

『こりャ神憑かみがかりであるから放棄うっちゃッてけばよいのだ。』

いましたけれども、だれれるものはなく、不相変あいかわらず途方とほうれました。

 すると寅吉とらきちにわかに分明はっきりした言葉ことばで、

『このものひとしずかなところれてけ!』

言葉くちりました。

矢張やっぱりこりャ神憑かみがかりであった!』

人々ひとびとはじめてそれとがついて、塾生じゅくせい新吉しんきちというのが寅吉とらきちげ、かね修行中しゅぎょうちゅう寅吉とらきち寝所ねどころめられて板敷いたじきはこき、仰向あおむけにかそうとしました。

おこしていてください。』

突如とつじょとして寅吉とらきち自身じしんくちから斯麼こんな注文ちゅうもんました。それならばとうのでそのまますわらせると、ふたたくちひらいて

竹内たけうちというひとみずを一ぱいってるようにおたのみする。』

もうします。で、健雄たけお早速さっそく勝手かってもとき、一わん浄水じょうすいってうやうやしくささげますと、寅吉とらきち瞑目めいもくのままぐッと一といきにそれをし、さら引続ひきつづいて数椀すうわんかたむけました。

 やがて寅吉とらきちくちふたたひらいて、

竹内たけうちだけあとのこり、みな退いてもらいたい。』

との注文ちゅうもんです。仕方しかたがないのでそのとおりにして、健雄たけおのみ引廻ひきまわした屏風びょうぶうちかしこまってりますと、平生へいぜい寅吉とらきちとはまった別人べつじん言葉ことばで、

寅吉とらきちこのたび勤行ごんぎょうきては、いろいろとお世話せわこうむり、まこともっかたじけない次第しだいよっておれいめにかくはわざわざ参上さんじょういたした。ただかたちあらわしておれいもうすことは、吾等われらかいにて禁制きんせいおきてであるから、むを寅吉とらきち心魂こころきとり、その肉体にくたい憑依のりうつりておれいもうすことにいたした。ただしわれのこととて、格別かくべつこれともうして寸志すんしひょうすべき方法ほうほうもないから、せめて災難さいなんけの御符ごふなりといてしんぜたい。先生せんせいはまだお帰邸かえりにはならぬか?』

 健雄たけおおぼえず平伏へいふくしてしまいまして、

『はア師匠ししょうはまだ帰邸きていいたしませぬ。先刻せんこく使者ししゃつかわしてきましたが、かさねて使つかいものすことにいたしましょう。』

しからばどくなれどいま御迎おむかいの使者ししゃ御依おたのもうす。ただ拠所よんどころなき用事ようじのあるならば、たって御帰邸ごきていにはおよばぬ。他日たじつ先生せんせい在宅ざいたくおりあらためて参邸さんていいたすであろう。』

『イヤイヤ』と健雄たけお益々ますますかしこまって『師匠ししょう格別かくべつ用事ようじとてござりませねば、むかいをげることにいたしまする。』

『さらばついで屋代やしろ太郎たろうどのをもまねせてもらいたい。寅吉とらきちこときて平素へいそはなは御世話おせわあずかったから、これにも御礼おれいもうしてきたい。』


戻る

目  次

次へ


心霊図書館: 連絡先