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岩間山人と寅吉

 二十三 テツバン

 寅吉とらきち平田ひらたもどってましたが、夫人ふじんには何事なにごとわず、やがてそのままちて二かいきましたから、そのあと健雄たけお今日きょう状況もようはなしてりますと、そのころこしから平田ひらた善之助ぜんのすけという小供こどもけてて、夫人ふじんむか

寅吉とらきち只今ただいま見台みだいのぼり、かざしてしきりに上野うえのほうながめてます。』

 とげるもなく寅吉とらきちが二かいからりて其所そこすわりましたが、りむッつりとしてくちひらきません。

 ややしばらく沈黙ちんもくまもってから寅吉とらきち健雄たけおむかい、

一寸ちょっと此方こっちてくれないか、たのむことがあるから……』

『ああくとも。』

 二人ふたり自習室じしゅうしつはいってきました。

じつはね、今日きょうやま師匠ししょうて』と寅吉とらきちからかたしました『おまえ今月こんげつから百日間にちかんテツパンというぎょうをしろというのだ。テツパンというぎょうは一にちこめごうづつをめしにしてべ、さい蕃椒とうがらし一ツとしお少許すこしばかりめるので、別火べつびにしなければならない。そしてめししおみな土器かわらけり、衣服きものなつになっても、現在いまるものをぐことはできない。また頭髪かみ自分じぶんでよくあらってたばね、よるるにはたたみうえ禁制きんせいで、板敷いたじきうえあらごもいてそのうえせり、何事なにごとありとも夜具やぐけることはできぬ。たださむさのはげしいおりこもだけはゆるされる。このぎょうは、にもおそろしい禍乱わざわいおこるのをはらめにおこなうので、神界しんかいにては師匠ししょうをはじめ、そのほか山人さんじんたちとうこれらねばならぬ。おれなどもまり師匠ししょうぎょうたすけるめにるまでのことで、百にちというのは余程よほど恩典おんてんである。兄弟子あにでし左司馬さじまなどは一ヶ年間ねんかんらされるのだ。で、おれは一にちはやぎょうはじめたいとおもうが、自家うち先生せんせい許可ゆるしなければ、いてるにもおよばない。師匠ししょうは、かく平田ひらたとおりにいたせとのことであるが、一たい什麼どうしたらいかしら……。』

其麼そんな大事だいじぎょうならば』と健雄たけおはじめて吃驚びっくりして、『是非ぜひともこりャるがよかろう。先生せんせいがおかえりになッたら、おれからもお許可ゆるしるように助言じょごんしてげるよ。』

『そいつァ難有ありがたい!』と寅吉とらきちはじめて安心あんしんしたらしく『じつ先刻さっき上野うえのったとき師匠ししょうわれるには、きさま背後うしろからだれかが心配しんぱいしてつけてるものがあるから、かえれとのことであったから、それでおれいそいでかえってたのだよ。』

『ヘエそうかい。なにもそうわかっちゃ気味きみわるくて仕様しょうがない。』

健雄たけおをはじめ一どう首筋くびすじちぢめたのでありました。

 夕方ゆうがた平田ひらた藩侯はんこうやしきからかえってました。夫人ふじんから今日きょうはなしをきくと大変たいへんよろこんで、

『そいつァ大賛成だいさんせいだ! 国家くに禍厄わざわいはら仕事しごとであるから、これにしてうれしいことはない。じつわし寅吉とらきちと一しょにこのぎょうおさめたいのは山々やまやまだが、残念ざんねんなことには俗事ぞくじわずらわされてることができない。さいわ明後日あさってひな節句せっくだから、そのとき充分じゅうぶん寅吉とらきち馳走ちそうをして、その翌日よくじつからぎょうはじめさせることにしよう。』

難有ありがたい! れしい! め! め!』

寅吉とらきち小躍こおどりしてよろこびました。


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