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岩間山人と寅吉

 二十 鋳潰いつぶしてしま

 二十九にちには平田ひらたかた越後えちごくにから戸田とだ國武くにたけという武者むしゃ修行者しゅぎょうしゃたずねてまいりました。このひとかねおう神学しんがくしんずるひとで、このときも一ぱくして種々しゅしゅみちいましたが、天性てんせい剛猛ごうもう荒武者あらむしゃで、頭髪とうはつなどはえたまま剃刀かみそりてず、グルグルとげてこうがいくしとでこれをめていたといいますから、宛然さながら大正たいしょう七八ねんごろ大本おおもと教徒きょうとそのままであったらうと想像そうぞうされます。寅吉とらきちはつくづくて、

『このひとやま兄弟子あにでし古呂明ころめいさんそっくりだが、古呂明ころめいさんはモすこやさしい』

もうしました。

 さて國武くにたけ諸国しょこく遍歴へんれきさい神官しんかん僧侶そうりょ修験者しゅけんじゃたぐいとしばしば議論ぎろんしてった自慢話じまんばなし大音たいおんかたったすえに、こしから一莨入たばこいれを取出とりだしました。

『この根付ねつけは一にん修験者しゅけん じゃせてうばったものです』とかれほこがおかたでました。『これは御覧ごらんとお聖天せいてんぞうござるが、拙者せっしゃ大錐おおきりあなけて根付ねつけいたしたのでござる。』

 平田ひらたあまりの乱暴らんぼうおどろき、一つその血気けっきくじいてやろうとおもいましたので、根付ねつけなどはわざにもれず、

『コレコレ貴君きくんはよくもそンなけがらわしいものこしってらるるな。わし左様さようしないたさぬ。古道こどうこころざしあるものはこころたま真柱まはしらて、日常ひごろかみ御稜威みいつけたいとおもえばこそ清浄せいじょうたもつのでござる。げん伊勢いせ両宮りょうぐう御神事ごしんじさらにもわず、朝廷ちょうていにてもおも神事しんじおこなわせたまときには、仏法ぶっぽうめいたことをみ、また外国がいこく使節しせつときかえったときも、塞神さいじんまつりをして蕃神ばんしんはらたまうではないか。しかるに貴君きくんはその古道こどうたよでありながら、左様さようぞうなどをにつけて得意とくいらるるのは、荒魂あらみたまのすさびがあまりはげしいというものじゃ。議論ぎろんうえ他人たにんかしたとて対手あいて信服しんぷくするものではござらぬ。俚諺ことわざにも、一しょうはい徳利とっくりに一しょうはいればおとがせぬというではないか。一しょううつわたぬみずさけにはおとがある。貴君きくんがそのようにすさるのは内容なかみ充実じゅうじつせぬからじゃ。聖天しょうてん根付ねつけなどはうみかわかへてるがよろしかろう。』

『イヤ先生せんせい教訓きょうくん骨身ほねみみてござる。』國武くにたけ感銘かんめいひょうしてあたまげました。『お指図さしずとおこの根付ねつけぞうは、たたりをさぬようよくもうふくめててるでござろう。』

『これはこれはおよわことわれる。』と平田ひらたわらながら『古学こがくをするものはさばかりのものたたられる心配しんぱいござらぬ。聖天しょうてんなどともうすものは有名ゆうめい無実むじつのものじゃ。これに祈願きがんして効験こうけんがあるのは、じつ妖魔ようま邪神じゃしんのひそかに仕業しわざで、聖天しょうてんというものが存在そんざいするわけではないのじゃ。すべて妖物ようぶつ人心じんしん隙間すきまねらうものでつねことあれかしと機会きかいってる……』

 かくべて平田ひらたそば居合おこなわせた田河たがわ竹内たけうちとう高弟こうていむかい、

各々おのおのがた意見いけんはドーじゃ。』

たずねました。

『さァ……。』初対面しょたいめん戸田とだはばかりていづれも曖昧あいまい返事へんじをしてましたが、ただ寅吉とらきちのみは遠慮えんりよ会釈えしゃくもありません。

まった先生せんせいッしやるとおりです。やま師匠ししょう仏像ぶつぞうなどは虚妄きょもう非実ひじつのものであるが、かたちつくりて祈祷きとうをすれば、妖魅ようみたぐいかかってていろいろの不思議ふしぎせるのだともうしました。しかしわたしはそのぞう海川うみかわてるよりは鋳潰いつぶほういとおもいます。うっかり海川うみかわてると、あみなどにかかってひろげられ、ヤレとうと霊像れいぞうそうろうのと世人せじんさわがれ、後世こうせい愚俗ぐぞくまどわすたねになるおそれがあります鋳潰いつぶしてしまえばその心配しんぱいはありません。』

『イヤまったくそれに相違そういござらぬ。』と國武くにたけ感心かんしんして『拙者せっしゃもこれを鋳潰いつぶしてうちてることいたそう。』


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