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岩間山人と寅吉

 十八 のこるはただはいばかり

 立原たちはら翠軒すいけんはなし鈴木すずき精庵せいあん水戸みと上町かみまち町医まちいでありました。当時とうじより十五ねんばかり以前いぜんのこと、容貌ようぼうぼんならぬ、異形いぎょうひと精庵せいあんところたずねてて、ダシヌケにもうしますには、

きた何日なんにち下総しもうさ神崎こうざき神社じんじゃ裏山うらやまい。さすれば仙薬せんやく秘方ひほうなんじさずける。』

『それは千万せんばんかたじけ のござる。』

精庵せいあん承諾しょうだくしたものの、あま覚束おぼつかなさぎるはなしですから、約束やくそく指定してい場所ばしょかずにりました。

 すると翌日よくじつ、かの異人いじんまたたずねて

昨日きのう何故なぜ違約いやくしたか。きたなんにはかならずい、ってるから』

ねん様子ようすはドーても真面目まじめらしいので、精庵せいあんこころうごきました。

『ままよ、一ぱいきつねだまされたつもりでってよう。』

 とうとう精庵せいあん水戸みと出発しゅっぱつし、約束やくそく神崎こうざき神社じんじゃ裏山うらやままいりましたところはたして異人いじんってて一かん方書ほうしょさずけ、

『これはけっして他人たにんせてはらぬ』

 とかた口止くちどめをしてりました。

 みぎ方書ほうしょおしえられてあるのは□□びょうくすりでありました。で、精庵せいあん早速さっそくそれを病人びょうにんこころみてますと、いかに険悪けんあく病状びょうじょうのものでも立所たちどころ平癒へいゆする不思議ふしぎ霊薬れいやくでありますから、たちま世間せけん評判ひょうばんり、やがて水戸みとこう役人やくにんからみぎ方書ほうしょ差出さしだしてよとの命令めいれいさがりました。

 精庵せいあん異人いじんからの禁止きんし申立もうしたてて、一おうこばんでましたが、是非ぜひ提出ていしゅつせよとのさい三の厳命げんめいでありますから、むなく何日なんにち提出ていしゅつするということをってしまいました。するとその前日ぜんじついえなかで、何所いずこともれずかみけるようきなくさいにおいがします。

『ハテ何所どこかにたばこ吹殻すいがらでもちてはせぬか?』

 家人かじんそうがかりで室毎へやごとしらべてましたが、何所どこにもものけてるような様子ようすはありません。

『ドーしても自家うちではない。隣家となりかみでももやしたのだろう』

ということになり、そのはそれでんでしまいました。

 そのあくはいよいよれい方書ほうしょ提出ていしゅつするでありますから、精庵せいあんねておさめてある手文庫てぶんこからそれをしました。

『オヤこの包紙つつみがみすこへんだぞ!』

 精庵せいあん目早めばやみぎ包紙つつみがみすこくすぶってるのにがつきました。でいそいでそのなかをあらためると意外いがい意外いがい! 方書ほうしよことごとせてかげかたちもなく、のこるはただ一とにぎりのはいがあるばかりでした。

『してると昨日きのうきなくさかったのは矢張やはりこれがけるにおいであったか。それにしてもにかかるのは今日きょう首尾しゅびンなことをお役人やくにんもうてたとて、はたしてそれがうまくとおるかしら……』

 精庵せいあんをはじめ家人かじんどうむねにはビックリやらシャックリやらがゴッチャになって往来おうらいしました。

 が、ほかいたかたもありませんので、げた包紙つつみがみなか僥灰やけばいとを持参じさんして、おそおそる、役人やくにん提出ていしゅつし、事実じじつりのまま陳述ちんじゅつしました。

 今日こんにちならば精庵せいあん精神せいしん病者びょうしゃとして巣鴨すがもにでもおくられるか、それとも虚偽きょぎ申立もうしたてするものとして未決監みけつかんにでもれられるか、二ッのうちいづれかをまぬかれなかったでしょうが、さいわいに水戸みと役人やくにんはこの神怪事しんかいじ正確せいかくなる事実じじつみとめてくれたのでありました。イヤ精庵せいあんなどは時代じだいうまあわせたうんおとこというべきでありました。しも不幸ふこうにして明治めいじ大正たいしょう時代じだいにでもうまれてたら……。


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