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岩間山人と寅吉

 十六 ペロリ九はい

 が、寅吉とらきち憤激ふんげき名主なぬし慰撫いぶぐらいでなかなかおさまる程度ていどのものではありませんでした。

格式かくしきたかいがいてあきれら ァ』とかれはいよいよこえたかののしりました。『そうとくというものは法衣ころもいろ寺格じかくなどにるものではない。この坊主ぼうずあたままるめて立派りっぱ法衣ころも着飾きかざってはるが内容なかみはまるきりからッぽだ。何故なぜこんな売僧まいす貴公方あなたがたこのせきんでおれはじをかかせようとするのだ。おれ師匠ししょう平生へいぜいってる――仏道ぶつどうというものは、世間せけん愚物ぐぶつあざむめに釈迦しゃかつくったみちである。さっするところ貴公方あんたがた仏好ほとけずきの連中れんちゅうなので、おれ器量きりょうだめしをする了間りょうけんで、斯様こん坊主ぼうずせたのに相違そういなかろう』

『イヤけっしてそういうわけではない。この御僧ごそう今日きょう偶然ふとこのせき来合きあわせたまでである。まァまァそうおこらずに……』

 人々ひとびと寅吉とらきち一人ひとりあまして菓子かしなどをすすめ、それから筆紙ふでかみしてしょいましたが、にしろプンプンおこってますからこの寅吉とらきち平生へいぜいよりもはなはだヘタでした。

かんかん! ンなろくでもないふでかみけてたまるもんかッ!』

寅吉とらきちかみふでたいしてまで八ッあたりをします。

 今度こんど名主なぬし晩餐ゆうめしぜん寅吉とらきちにすすめました。

『イヤおれめしわん! ンな坊主ぼうずてはきたなくて仕方しかたがない!』

はますます猛烈もうれつです。

 なんともがつけやうがないので、人々ひとびとぼうさんにむかい、

御覧ごらんとおりの出家しゅっけぎらい、貴僧きそうられては、とてもかのいかりのしずまりようはござらぬ。今日きょうげてこのままおかえりをねがござる。』

たのみましたので、くだんそう余儀よぎなくせきちました。

坊主ぼうずなくなりャめしでもおう』

 寅吉とらきちはしってぜんむかいましたが、はらむし居所いどころ余程よほどわるかったものとえ、一わんめしうちさいのこらずってしまいました。そしてさいなしでめしえること九はいおよびましたので、人々ひとびとあきかえり、

『こりャあまりの大食たいしょくだ。そうべてはどくになりはせぬか』

だれかが注意ちゅういしますと、

『なアにいくったって、中毒あたるようなことはない』

寅吉とらきちは一こう平気へいきでしきりにはしうごかせました。

 めしほかにも、かれぼんうえげてあった三四十のかき蜜柑みかんをペロリいつくし、さら同様どうようってされましたら、それをも二十ばかりたいらげました。

 はらが一ぱいになりますと、寅吉とらきち現金げんきん

おれはモーかえる』

しました。人々ひとびといましばらくとめるのをみみにもれず、

『こンな面白おもしろくないところ長居ながい真平まっぴらだ!』

とばかり、暇乞いとまごいさえせず、さっさと梯子はしごだんをかけりてしまいました。

 あとでききますと、この寅吉とらきちあぶらしぼられたそう下谷したや金杉かなすぎ真言宗しんごんしゅう修験者しゅげんしゃ真成院しんせいいんというものだったそうで、当時とうじ流行りゅうこう江戸えどふう仏学ぶつがく売物うりものにして才僧さいそうだといいます。


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