心霊図書館」 ≫ 「岩間山人と三尺坊」  ≫ 「岩間山人と寅吉

岩間山人と寅吉

 十四 印相いんそうむすかた

 そのつきの二十五にちには寅吉とらきちあに庄吉しょうきちめずらしくたずねてました。これは上野うえの広小路ひろこうじ岡部おかべぼうしょうする名主なぬしところ寅吉とらきちれてかねばならぬからでした。

 なにしろ近頃ちかごろ江戸えど市中しちゅうける寅吉とらきち評判ひょうばんたいしたものでした。『平田ひらた篤胤あつたね天狗てんぐやしなってるそうだ』『イヤ天狗てんぐではなく、ドーもとら化物ばけものらしい。それで名前なまえもトラきちぶのだそうナ』真偽しんぎりまぜ、勝手かってことしゃべってます。それが役人やくにんみみはいり、一寅吉とらきちなるものを召喚しょうかんして実検じっけんせねばならぬということにり、さてこそ今度こんどしとなったのでした。

 寅吉とらきちはこれにきて一トかたならず心配しんぱいしまして、岩間山いわまやまほうむかい、

今日きょうわたし名主なぬしところでどんなひとからどんな詰問きっもんけるかもれませぬ。万望どうぞひとから耻辱ちじょくけないように御守護ごしゅごあたたまえ……。』

誠心せいしんめて祈念きねんして、あにと一しょ平田ひらたかたでました。

 寅吉とらきち名主なぬしところからもどってたのはその夕方ゆうがたでした。かまえて平田ひらた寅吉とらきちむかい、

今日きょう首尾しゅび什麼どうであったか?』

莫迦ばか莫迦ばかしいってしゃくさわって仕方しかたがありません。』

と、寅吉とらきち意気いき昂然こうぜんたるうちにも、何所どことなくまが余憤よふんのこって模様もようで『一人ひとり坊主ぼうずんまり無茶むちゃうから、散々さんざんヤリめてました。』

 段々だんだんきいてるとその模様もよう大体だいたいつぎうなものでした。――

 名主なぬしの二かいには名主なぬしをはじめ、わざはかま穿かない侍風さむらいふうものそのほかぜて、二十にんばかりあつまってて、其所そこ寅吉とらきちしたのでした。かも寅吉とらきち天狗てんぐのお弟子でししんじ『なにってるか』とか、『雨降あめふりにはどうするか』とか、どくにもくすりにもならぬ、くだらぬ質問しつもんばかり連発れんぱつしますので、寅吉とらきち五月蝿うるさくたまらず、加減かげん返事へんじをしてました。

 すると人々ひとびとなかに、立派りっぱ袈裟けさけの真言僧しんごんそうらしい一人ひとり坊主ぼうずりましたが、それがすすでて、いかにも寅吉とらきち見絞みくびった様子ようすをしながら印相いんそうむすかたにつきて質問しつもんこころみました。寅吉とらきちやまならったとおり、いろいろのいんむすんでせますと、くだんぼうさんは、さも以前いぜんからってたかのごとく、

『フムそうじゃそうじゃ!』

点頭うなづきますので、寅吉とらきち可笑おかしくもあり、また小癪こしゃくにもさわり、『一つこの坊主ぼうず翻弄からかってよう』というになりました。

 そんな了簡りょうけん寅吉とらきちほうにあることゆめにもりませんので、ぼうさんは鹿爪しかつめらしいかおをして、

摩利支天まりしてん印相いんそうはどうむすぶのじゃナ?』

たずねました。ってましたとわんばかりに寅吉とらきちわざ出鱈目でたらめ印相いんそうむすんでせますと、ぼうさんは真面目まじめくさりながら、今迄いままでどおり、

『フムそうじゃそうじゃ!』

点頭うなづきました。

『この生臭なまぐさ坊主ぼうずッ!』と寅吉とらきちはらなかののしりました『きさまなどに印相いんそうことなどがわかってたまるものか! おれならった印相いんそう世間せけんみの修験者しゅげんしゃ僧侶そうりょはいのやる印相いんそうとはまるきりちがってるのだ。子供こどもだとおもって莫迦ばかにしてやがる!』

 が、くだんぼうさんはそんなこととはがつかず、今度こんど祈祷きとうことしました。『ふざけるない!』と寅吉とらきち益々ますますフテ気味ぎみで、ろく返事へんじもせずにりますとぼうさんはくみやすいとおおいいにり、滔々とうとうとして弁舌べんぜつふるしました。

『こりャこりャ小僧こぞうきさまならった印相いんそうみな道家どうけ印相いんそうじゃ。また祈祷きとうことなどは大抵たいてい荻野おぎの梅雨ばいうからおしえられたというではないか。いづれにしても未熟みじゅくなものじゃ。またきさまほとけきらい、かみとうと様子ようすじゃが、それはもってのほか不心得ふこころえほとけかみよりもはるかにとうといものなのじゃ。これからはこころれかえてほとけ弟子でしになるがよい。自分じぶんかつ伊勢いせ太神宮だいじんぐうまた金比羅こんぴらのことを散々さんざん悪口あくこうしたが、いまもっなんばちあたらぬのがなによりの証拠しょうこかみおがむなどは無益むやくわざじゃ……』


戻る

目  次

次へ


心霊図書館: 連絡先