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岩間山人と寅吉

 十二 ハナムケ

 寅吉とらきちふたた平田方ひらたかたもどってたというので、訪問ほうもんする国学者連こくがくしゃれん連日れんじつきもらず、いづれもその言論げんろん高邁こうまいなるにしたいてかえるのをつねとしました。

 十一がつには屋代やしろ輪池りんちおうて、その秘蔵ひぞうせるとう則天武后そくてんぶごういた帖本ちょうほん寅吉とらきちしめし、わざなん説明せつめいもせず、

寅吉とらきちこれはどうるか?』

たずねました。寅吉とらきちはたった一まいだけで、

『こりャ位官いかいたかおんないたものです。』

 こともなげにって退けたのは人々ひとびと度膽どぎもきました。

『それなら年齢としいくつばかりのときしょか?』

 かさねてたずねますと、

『七十さい前後ぜんごしょでしょう。』

 そうって、寅吉とらきち手早てばやみぎ帖本ちょうほんひらいてたが、

『オヤ何所どこかに男子だんしいたまじってた。』

って、またほんきかえして、そのなかの一ぎょう見出みいだし、

『このぎょう男子だんししょです。』

指摘してきしました。

 平田ひらた屋代やしろ寅吉とらきち鑑定眼かんていがん非凡ひぼんなるにはほどほどしたいてしまいました。武后ぶこう文字もんじは、彼女かのじょ自立じりつして国号こくごうしゅうったとしいたもので、そのとき武后ぶごうは六十何歳なんさいかの老齢ろうれいなのでした。また男子だんしいたぎょうまじってるとったのも正確せいかくで、支那しな慣例かんれいとして、かかる帖本ちょうほんには臣下しんか男子だんしぎょうかならずあるのでした。

 八には平田ひらた寅吉とらきちれて、数奇者すきしゃ山田やまだ大圓だいえんというひとたくおもむきましたが、その参会者さんかいしゃは十余人よにんのぼりました。人々ひとびとからしょはれて寅吉とらきち篆書てんしょのような神代しんだい文字もじ沢山たくさんらしましたが、それがおわると山田やまだ御自慢ごじまん珍蔵ちんぞう什器類じゅうきるいでて、寅吉とらきちせました。

 いろいろうち和蘭おらんだ舶来はくらいのオールゴルという楽器がっきされると、寅吉とらきち

やまにもこれに楽器がっきがあります。』

しました。

『それはまたンなものか?』

一人ひとりたずねますと、

てつはこふえが六ほん仕掛しかけてあるのです』と寅吉とらきち早速さっそく説明せつめいしました。『そしてそのはこみずいでひじかね回転まわせば、なかみずとなり、その湯気ゆげふえすのです。』

 このはなしついでにかれやまわか方法ほうほうくわしくべましたが、それによると、鉄製てつせい器物きぶつみずり、鉄棒てつぼうまわせばわけなくくらしいのでした。

 十一がつ十四にちには平田ひらた門生もんせい松村まつむら平作へいさくというのが大阪おおさかかえるというので、塾生じゅくせい短冊たんざく和歌わかなどをいて惜別せきべつひょうしました。寅吉とらきちはこの松村まつむらとは平素へいそからおお仲好なかよしであっために、このふさんでましたが、きゅう平田ひらたむかい、

わたし和歌わかむことをおしえてください』

しました。

何故なぜそンなこともうすのかナ?』

わたし各人みんなうたむのをるとうらやましくてなりません。わたしも一しゅんで松村まつむらさんにおくりたいとおもいます。』

『それは性急せっかちなことじゃ』と篤胤あつたね苦笑くしょうしました。『うたというものはそのようにわかにされるものではない。うたおしえるのはいづ後日ごじつのことにしよう。』

『それでは先生せんせい短冊たんざくを一まいください。勝手かってなものをいてわせます。』

 寅吉とらきち篤胤あつたねからもらった一まい短冊たんざく草書体そうしょたいで『はな』というらしいものをいて松村まつむらおくりました。人々ひとびとはその意味いみわからないのでなんということかとたずねますと、寅吉とらきちましって

うらてくれ』

もうします。うらかえしてると、其所そこには『まつ』といういてありました。

んだ、まつが一きりいてある。岩間山いわまやま天狗てんぐさん仲間なかまには通用つうようするかもれないが、われわれ人間にんげんにはさっぱり意味いみわからない。』

一人ひとりもうしますと、寅吉とらきち大真面目おおまじめで、

松村まつむらさんがまたかえってるのをマツというこころだ。』

もうしましたので一どうってわらいました。

 いよいよ出発しゅっぱつとなって、寅吉とらきち人々ひとびととも門外もんがいまでおくましたが、きゅう松村まつむらびとめました。

松村まつむらさん、一寸ちょっとってください。』

なに用事ようじですか。』

 後戻あともどりをした松村まつむらかお寅吉とらきちはイキナリ両手りょうておさへ、ものをもわず、先方むこうはな自分じぶんはなとをこすわせました。

『これがわたしのハナムケです。』

 居合いあはした人達ひとたちおもわずドッと大笑おおわらいをしましたが、当人とうにん松村まつむらなみだうかべてったのでした。


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