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岩間山人と寅吉

 六 ひさりの帰宅きたく

 置去おきざりをった寅吉とらきちは、羽衣はごろもうばわれた天人てんにん同様どうよう自分じぶんではドーすること出来できません。むなくそのむら首分かしらぶんいえいてもらって二三にち模様もようましたが、何時いつまでっても師匠ししょうもどってまいりませんのには、一かたならず当惑とうわくしました。

 するとあだかもそのいえとまわせたのが五十さいばかり老僧ろうそうでありました。二人ふたりあいだには自然しぜんはなしはじまりました。

『コレコレ其方そなた年歯としはかぬ小供こどもじゃが、什麼どうしてんな土地とちるのじゃ?』

わたし江戸えどものですが』と寅吉とらきちこたえました『神道しんどう修行しゅぎょう諸国しょこくめぐってうちに、みちまよい、とうとうンなやまなかてしまったのです。』

『それはさぞこまるであろう。』とひと老僧ろうそうなぐさめました。『しかしあんずることはない。わしってるものに神道しんどうくわしいひとがあるから、其所そこれてってしんぜる。』

 かくてもなく天狗てんぐ若弟子わかでし年寄としよりぼうさんとはって小西こにし山中さんちゅう立出たちいで、常陸ひたち筑波山つくばさん社家しゃけなる白石しらいし丈之進じょうのしんというひともと辿たどりつきました。そして老僧ろうそうは、寅吉とらきちこと呉々くれぐれみぎ丈之進じょうのしんたのんでいていとまげてりました。

 不思議ふしぎえん寅吉とらきち白石しらいしかた弟子でしりしまして、平馬へいまあらため、一しん不乱ふらん神道しんどう修行しゅぎょうをしてりますと、翌年よくねんの三月上旬じょうじゅんに、岩間山いわまやま兄弟子あにでし古呂明ころめいがひょつくりたずねてまして、『これからぐに師匠ししょうところい』といます、寅吉とらきちはうれしよろこび、丈之進じょうのしん暇乞いとまごいをして、岩間山いわまやまともなわれてき、ひさりで師匠ししょうまみえました。

 寅吉とらきちはそれから岩間山いわまやま種々いろいろこと修業しゅぎょうしてましたが、にしろ七ヶ月も母親ははおやわかれてましたので、一ははいたく、毎日まいにちふさんでりますと、たちま師匠ししょうとがめまして、

『おまえはしきりにははことあんじてていであるが、はは無事ぶじなればあんじるにはおよばぬ。いまその実況じっきょうせてつかわす。』

 いもおわらず、たちまゆめともうつつともなく、ははあにとが眼前がんぜん咫尺しせきところ鮮明せんめいあらわれいでまして、至極しごく平和へいわかおをしてります。あまりのなつかしさに寅吉とらきち言葉ことばけようとして途端とたん師匠ししょうこえきこえて、ふたたもと我身わがみかえりました。

 茫乎ぼんやりして寅吉とらきちむかって師匠ししょう諄々じゅんじゅんおしえさとしました。

『これよりそちには暫時しばしいとまあたえて帰宅きたくせしめるであろうが、かえったのちやまとき同様どうようちかって邪道じゃどうまよわず、神道しんどう修行しゅぎょう勉強べんきょうするのじゃぞ。また仏道ぶつどうそのおのれのこのまぬみちにてもかならず他人たにんあらそうこと相成あいならぬ。そち前身ぜんしんは、元来がんらい神道しんとうふか因縁いんねんのありしものなれば、縦令たとえへだつとて吾々われわれつね影身かげみうてそち身体しんたい守護しゅごするものと承知しょうちせよ。め、ひとめ、いやしくも善事ぜんじとあらばかならずおこなえ。それがなによりのへのつとめじゃ。世人せじんしもうものあらば、けっして実名じつめいあかしてはならぬ。世俗せぞくのいうまま天狗てんぐなりとこたえ、杉山すぎやま組正そしょうなりともうしてけ。またそち自身じしんも、さずけたる嘉津間かつまという名告なのらず、白石しらいし平馬へいまとなえてけ。』

 かくて杉山すぎやま組正そしょうはその弟子でし古呂明ころめいならび高山たかやま左司馬さじまと三人連にんづれで寅吉とらきち見送みおくってれ、途中とちゅう大宝村たいほうむらの八幡宮まんぐう参詣さんけいしましたが、そのとき師匠ししょう同社どうしゃ奉納ほうのう刀剣とうけんなかから一ふり脇差わきざしもうけ、平生へいせい佩料はきりょうにせよとて寅吉とらきちあたえました。やがて暫時しばしれい空中くうちゅう飛行ひこうつづけたとおもに、はやくも一おおきな仁王門におうもんそびえたる、人足ひとあしきわめてしげき、大伽藍だいがらんまえきました。

『一たい此所ここ何所どこであります?』

寅吉とらきちおどろいたかおをしてたずねますと、古呂明ころめいわらいまして、

『これがわからぬか。ここ浅草あさくさ観音かんおんまえじゃ』

 三にん寅吉とらきちわかれをげ、さっさともとかた立去たちさりましたので、寅吉とらきちはポッツネンとして単身たんしん我家わがやもどりましたが、それは三月二十八日のことでした。


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