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岩間山人と寅吉

 二 不思議ふしぎ童子どうじ

 文政ぶんせいねんがつじつ初夜しょやのことでした。平田ひらた篤胤あつたねかた屋代やしろ弘賢こうけんというひとたずねてまいりまして、『近頃ちかごろ山崎やまざき美成びせいかた不思議ふしぎ童子どうじるから、ねんめに一こうじゃござらぬか』とさそいました。

『ナニ不思議ふしぎ童子どうじ……。ひと小僧こぞうでもござるかナ?』

御冗談ごじょうだんを……。ものではござらぬ。天狗てんぐもとで九年間ねんかん修行しゅぎょうしたともう神童しんどうござる。博識はくしき多聞たもん山崎やまざきしたいてるということでござる。』

『それは近頃ちかごろ面白おもしろいい。早速さっそく出向でむいてことにしましょう。』

 平田ひらた屋代やしろ両人りょうにんちて下谷したや長者ちょうじゃまちなる美成びせいたく訪問おとずれました。

 二人ふたり座敷ざしきとおると、美成びせいはやがて問題もんだい寅吉とらきちせて二人ふたりわせました。としは十五だといいますが、打見うちみところっと十三ぐらい小柄こがらではあるがしかし普通ふつう児童じどうとはことなりて眼光がんこう炯々けいけいひとひとともおもわず、美成びせいからわれて渋々しぶしぶ叩頭じぎをしたくらいでした。

 しかし段々だんだんいてると成程なるほどその経歴けいれき奇妙きみょう不可思議ふかしぎたしかに破天荒はてんこうのものでした。主客しゅかくひざまじえてはなしはそれからそれへとなくつづきました。寅吉とらきち経歴けいれきはざッとつぎごときものでした。――

 寅吉とらきち幼少ようしょうとき病弱びょうじゃくであったが、五六さい時分じぶんから一しゅ不思議ふしぎ能力のうりょくそなえてったそうで、ある屋上おくじょう突然とつぜん下谷したや広小路ひろこうじ火事かじだとさけびました。人々ひとびとおどろいて屋根やねのぼってますとべつ火事かじらしい模様もようえません。

小供こどもくせにウソをうものでない』としかりますと、寅吉とらきちはイッカなかず、

『あれほどえてるのに、あれがえないのか。はやげよう!』

 人々ひとびとは、『こりャ少々しょうしょう狂気きょうき気味きみではないか』と心配しんぱいしたそうですが、その翌日よくじついたりまして、はたして寅吉とらきちったとおり、広小路ひろこうじ火災かさいおこったのでした。

 とき寅吉とらきち父親ちちおやむかい、『おとうさん、明日あす怪我けがをしそうだから用心ようじんなさい』といました。『にを莫迦ばかなッ!』父親ちちおやは一しょうしてしまいましたが、はたして翌日よくじついたり、父親ちちおやおおきな怪我けがをしました。

 また寅吉とらきちが、『今夜こんや盗人ぬすびとはいるからこわい』ともうしました。『タワケをうナ』と不相変あいかわらず父親ちちおやしかりましたが、今度こんど寅吉とらきちったとうり、そのはたしてぞくはいりましたので、人々ひとびと不思議ふしぎおもい、什麼どうしてそンなことわかるかとたずねますと、寅吉とらきちましたもので『なんとなく耳元みみもとで、そうってかすこえがあるから、そのとおりをうのだ』とこたえました。

 就中なかんずく寅吉とらきち尋常人じんじょうじん相違そういしてるのは、その記憶力きおくりょくつよいことでした。かれは五六さいころに、自分じぶんうまれてまん一ヶねんにならぬ時分じぶんことをよくおぼえてて、ひとにそれを物語ものがたりました。


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