心霊図書館 > 「心霊研究とその帰趨(神霊主義)」

心霊研究とその帰趨

十、心霊写真現象

 

 心霊写真の性質――今度は心霊写真の講述を試みる順序である。その起源をたずねればなり古いが、最初は大体偶発性のもので、いたずらに人騒がせの種子となるに過ぎなかった。これがほとんど一の常識化するに至ったのは、欧米においても最近二三十年来のことである。遺憾いかんながら日本ではまだ其所そこまでに達していない。その主なる源因げんいんはきわめて明瞭である。他なし人格力量共にそなわれる、専門のよい写真霊媒がまだ一人も現われていないからである。畢竟ひっきょうすべては時の問題で、機運の熟せぬ間は人力でいかんともするに由なしである。

 さてわれわれが普通心霊写真というのは、単なる幽霊写真のことではない。濃厚に物質化した幽霊の姿を写すのは普通の写真の技術であって、心霊写真とは言われない。肉眼に映じない所の死者の姿、又は死者の通信文と言ったものが人工ヌキで乾板に現われた時、われわれはこれを心霊写真と呼ぶのである。これにもヤリ方が二様ある。甲はレンズを使わず、包装のままの乾板に直接何等かの姿を写すもの、所謂いわゆる念写である。乙は普通の写真の通りレンズを使って写すのであるが、いざ現像して見ると坐者の姿の外に死者の顔などが写っているのである。

 心霊写真の人為的模造はさして困難でない。少し写真術の心得がある者は、外見的には心霊写真と思われるようなものを造れば造り得る。従って心霊写真の価値は撮影上の手続如何に存し、その成品せいひんを見て真偽如何の判断は下せない。この原則を無視した議論は学問上全然無意義である。これはうっかりすると陥り易い事柄であるからくれぐれも注意すべきである。

 さて心霊写真の撮影に当り、心霊研究者として是非とも守るべき注意事項は大体左の諸項につきると思う。

(一)乾板は実験者自身が必ず持参すること。

(二)写真機をはじめ、一切の用具……薬品、幕、その他、並に実験室までも成るべく自分のものであってほしい。し事情止むを得ずんば此等これらに対して徹底的検査を行うこと。

(三)乾板を取枠に収める作業は必らず自分自身でやること。

(四)右の乾板にはすりかえを防止すべく、念のめに符号を附けて置くこと。

(五)現像作業も成るべく自身でこれを行い、止むを得ずんば第三者、例えば自分が信頼する写真師にでも依頼する。兎に角霊媒には手を触れさせないこと。

(六)撮影に際し霊媒に許してよき仕事は、包装のままで乾板に磁化作業を行うこと、並にシャッターを開閉すること――この二つだけである。

 かくまで詐術防止の手段を講じた上で出来上った心霊写真ならこれ真物ほんもの見做みなして差支さしつかえはないであろう。すべて心霊写真に限らず、必要なる注意警戒を施すことなしに、矢鱈に盲信することは禁物であると同時に、単に自己の不完全なる小主観をもって証拠の歴然たる心霊現象に対し、専ら否定的態度を執ることもまた不都合である。いずれも純真なる学者の態度でない。

 心霊写真に現わるる影像中最も多数を占むるのは、死者の顔、ことに実験者の親戚又は知己朋友であった人達の生前の顔である。中には至極鮮明であって、何人が見ても一点の疑義を挿むべき余地のないのもすくなくないが、中には薄くぼけて写っている場合もある。又顔面以外はエクトプラズムでできた、モジャモジャの白衣又は雲霧様のものでおおわれてるのが多い。

 心霊写真には時として生者の顔が写ることもあるからそのつもりでらねばならない。写真にとれたから死んでいると思うことは非常に早計で、そうした現象はクルュー団その他においてしばしば起こったことがある。又顔の代りに、時として死者からの通信文が乾板に現われることもある。そしてその筆跡は通例その人の生前の筆跡そっくりの場合が多い。その外、花、動物、絵画等が乾板に現われることもある。

 初期の写真霊媒――予備的説明はこの辺で切り上げ、これから代表的の霊媒を紹介することにする。初期の写真霊媒としてはマムラア、ハドソンの二人を数えねばならない。ボストンのマムラアは心霊写真の元祖と言われる人で、大統領リンカーンの心霊写真を撮ったので特に有名である。リンカーン未亡人はブェールで覆面して、しかも変名を使ってマムラアを訪ね、撮影を依頼したのであるが、しかし出来上った乾板には鮮明に亡夫の姿が現われ、片手を夫人の肩にかけてるのである。マムラアには多少の非難もあり、彼がどの程度まで正確な霊媒であったのか、時代 がふるいので今更最後の断定を下すよしもないが、当時の数多き記録によれば、たしかに相当有力な能力者であったことは疑われないようである。英国に於ける心霊写真の元祖はハドソンで、これにはウァレエス博士の実験報告がある。博士は撮影に先立ち、霊媒のガッピイ夫人をおとない、霊界通信を試みた。すると写真には亡母が現われるとの通信なので、早速その足でハドソンの許に行き、三枚の乾板に撮影した。いよいよ現像して見ると、はたしてその中の二枚に母の生前の姿――別々な時代の母の姿が写ってたというのである。大ウァレエスの人格と学識とに信頼をかけるほどの人なら当然この報告を信用して良い筈である。

 クルュー団――近代において心霊写真の霊媒として世界の視聴を集めたのは所謂いわゆるクルュー団である。これはクルュー在住のホープ氏とバックストン夫人とが協同的に組織した、一の家庭交霊会がその出発点となっているのであるが、だんだん有名になって広く天下に喧伝けんでんされたのてある。私は昭和三年の夏クルューを訪問して実験した。私の外に福来、久米、早川、宮沢等の諸氏も訪問して数枚の心霊写真をている。おしかなホープは昭和八年三月八日急に病んで死んだ。

 ホープに対する詐術の非難は、他のあらゆる霊媒の場合に於けると同様、時々心霊学界を騒がし、現に今でもそれが絶えないが、公平に考えて非難の論拠が薄弱を極め、一として取るに足りない。これに反してホープに依りて挙げられた、有力なる証拠資料は千百をもって数えられる。例えばクルックス卿が一九一七年に実験した時にはその亡夫人の鮮明な姿が現われ、アイスランドのニイルソン教授の未亡人が匿名で実験した時には、その亡夫そっくりの顔が現われた。一々この種の実例を挙ぐれば他にも無数に存在する。日本の実験者達がクルューで拳げた成績のみで判断を下しても、それが正確な心霊写真に相違ないことはごうも疑うの余地がない。

 クルュー団の撮影法は、普通の写真の撮影と同じくレンズを用い、そして焦点は被撮影者の躯に合わせ、露出の時間はいつも数秒である。その作業は実に簡単を極めるが、それでて、現像して見ると立派に心霊像が現われていることを発見するのである。ホープの撮影作業中普通の写真師と異るのはただ包装のままの乾板上に数分間掌をのせて磁化作用を行うこと、並にシャッターを開けるの前の瞬間に、ちょっと精神統一を行うことである。

 ホープが初めて偶然のことから心霊写真の能力者であることを発見したのは一九〇五年(明治三十八年)である。それから一九三三年をもって死するまで、前後二十八年間にわたり、幾万人かの依頼者のもとめに応じ、すこしもその能力の衰退を見せなかったのは素晴らしい仕業である。実験成績は使用せる乾板の約六割に心霊像が現われ、そしてその心霊像中の約六割強が認識し得る顔であったとの事である。右は数回にわたり、約六百枚の乾板を使って実験したクロウクロフト氏の統計に拠ったのである。

 その他の写真霊媒――ホープを失って世界の心霊写真界はいささ寂寥せきりょうの感がないでもないが、ロンドンのディーン夫人がお健在なのは歓ばしい。ディーン夫人は専らステッド嬢をたすけて例の『ステッド研究所』で働いてる。夫人が毎年十一月十一日の記念日をもって『大戦紀念きねん碑』の前で心霊写真を撮ることは有名な話である。その撮影法は全然写真術の常規じょうきを逸してり、光線の具合などは一切眼中になく、そして露出時間の如きも単に気の向き次第で決め、時とすれば十五分乃至三十分位にわたりてレンズを開け放して置くのであるが、それでいて製品を見れば別に焼き過ぎた様子もなく、又幽霊の方で動いた模様もない。乾板にはいつも多数の戦死者の顔が現われ、その一部ははっきり誰の顔と認識し得る。

 英国には最近二人の写真霊媒が現われた。それはギブソン、マイヤースの二氏であるが、彼等が今後どの辺まで大成するかは未定である。日本では現在三田光一、龜井三郎の両氏に念写能力があることは確かのようであるが、その本領は別に存し、ホンの片手間式に極めてれに実験に応ずる丈であるから学界の問題となるには至らない。過去においては大正二年諸学者立会の下に高橋貞子女史の念写実験が行われ、『金』『天』の二丈字、その他の影像が乾板に現われたことがある。たしかに心霊写真の能力者に相違ないと思われるが、その後は一向学術上の実験に応じようとしないから現在の能力は不明である。

 内面装置――最後に心霊写真の内面装置につきて一言する。この写真現象においても他の諸心霊現象と同様に、る特殊の霊媒が介在せずには決してできない仕事である。これを観ると、霊媒が心霊像と乾板との間に立ちて何等かの媒介を為すことは確実であるが、その正確なる手続は現在ではまだ充分に判明していない。今後の重要なる研究題目である。

 普通心霊写真現象に対して提唱される最も有力なる仮説は、一の稀薄なる外部的物質化説で、つまり死者の姿が霊媒の躯から抽出されたるエクトプラズムをもって或程度まで物質化され、キャメラの外部に出現するのであるというのである。無論この現象の背後には霊界の技師、所謂いわゆる司配霊しはいれいが控えてり、万事はその工夫計画に待つのであると考えられる。が、それにしても、肉眼に映ぜざる気化体がドーして写真の乾板に写るのかと疑う者もあるらしいが、これはロッヂ博士の指摘した通り、そう不可解の問題ではないらしい。写真の乾板というものは鏡面に映じたる形像を捕えるものである。この際鏡には何等固形の物体が存在する訳ではない。そこにはただ反射されたる光波が存在するのみである。そして光波そのものは少しも人間の視聴にはのぼらないものなのである。

 一体写真の乾板は肉眼に比すれば遥かに鋭敏で、ことに近年に至りますます感度の強い乾板が製出されつつある。その結果物理学者の説く所によれば、諸種の発疹等は、その症状がまだ表面に現われないうちに早くも写真の乾板に写るそうである。又天体の如きも同様で、いかに精巧な望遠鏡にも映らない星が、写真には鮮明に写し出されるのである。して見ると肉眼には見えない、はなはだ稀薄に出来上った気化体が、写真に写ったからと言っても、別に不思議でもない訳である。

 ただしこの外部的物質化説が、はたして心霊写真の内面的機構の全部を説明するものであるか否かは疑問で、一部の論者は内部的物質化説を提唱する。即ち乾板に現わるる霊像は、実は極めて小さくキャメラの内部に構成され、その際キャメラは言わば一種の暗室の代用をなすものであるというのである。

 これも学問上決して成立しない仮説ではない。恐らく此等これらの二方法は霊界の技師により、便宜どちらも用いられるのではないかと思われる。

 キャメラを使わない、所謂いわゆる念写の内部的装置も同様に説明が困難である。一部の精神論者はいわゆる念射説を唱える。即ち霊媒の思念の波が、丁度光線のように乾板の上に投射される結果だとするのである。しかしこれ丈の説明では不充分のようである。しも乾板の影像が単に霊媒の念波の所産であるなら、何の乾板にも万遍なく感光する筈であるのに、事実は同封の一打の乾板の中の、第三枚目とか、第五枚目とか、る指定されたる特殊の乾板にのみ感光する。これはドーあっても霊媒の背後に司配霊しはいれいが居って、人知れず適宜の方法を講ずるものと考えることが正当である。ただしそれ等の霊界居住者達の使用しつつある手段方法が何であるかは、目下の所まだ充分に判らない。要するに心霊写真は霊界の科学に相違ないが、まだ人間界の科学には成り切っていない。


(参考書)

Photographing the Invisible. By J. Coates.

 心霊写真に関する代表的参考書。

The Case for Spirit Photography. By Conan Doyle.

 あまり学術的ではないが、多くの実例並に写真を収めてある。

心霊講座』 浅野和三郎著

 巻末の付録にクルュー団訪問記が載せてある。

『千里眼問題の真相』 高橋宮二著

 明治大正時代の霊媒苦難期の記録で、その中に念写問題も取扱われている。

Clairvoyance and Thoughtgraphy. By Dr. Fukurai.

 念射と透視に関する英文の記述である。

『心霊と神秘世界』福来友吉著

 念写その他に関する記録がある。その主張は問題外として事実の記事には参照の価値がある。



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