心霊図書館 > 「心霊研究とその帰趨(神霊主義)」

心霊研究とその帰趨

二、人間の環境

 私は前章において人間が案外複雑な存在であり、物質的肉体以外に幽体、霊体、本体等の超物質的エーテル体を自我表現の機関として使用してるものであることを述べた。従って人間は死んでから後に初めて幽霊になるのではない。生前からすでに立派な幽霊、すくなくとも幽霊の卵を自己の体内に包蔵しているのだが、ただそれが肉眼に映ぜぬめに気づかずにるに過ぎない。

 人間の交渉範囲――既に人間がくの如く諸種の超物質的媒体を有してる以上、その交渉を有する所の世界も必らず意想外に広範囲にわたるであろうことはこれを想像するに難くない。用途があるから機関が備わるのである。人間に幽体、霊体等が備わりながら、此等これらが自由に活動する所の超物質的世界、例えば幽界、霊界と言ったような内面の世界が無かったとしたら、それこそ天下の怪事であらねばならぬ。

 十九世紀の物質科学はこの点の思索に関して一時非常に堅固な障壁を作り、乱暴極まる独断的結論をもって天下に臨んだものであるが、幸いにも現在では、物質科学者自身の手で一つ一つその障壁を撤廃して呉れているから誠に有難い。最新の理化学にありては物質元素は最早もはや最後の存在でない。元素から更に奥へ奥へと還元して行く時に、物質なるものはドウやら全部消滅して、其所そこにはただ諸種のエネルギーだの、大小無数のエーテルの波だの、というものが推定されるに過ぎなくなったらしい。右に関する諸学説は目下しきりに整理中に属し、お未だ完成の域に達していないようであるが、しかし物質的現象世界の内面に超物質的エーテル世界が存在すること、又理論的にはドーあっても所謂いわゆる、第四次元あるいはそれ以上の世界を認めねばならない事等は、すでに立派に確定説と認めてよいらしい。この筆鋒ひっぽうで進んで行ったら、神、天使、幽界等を正しく認めるものは、かの主観の象牙の塔に立籠たちこもりて暗中模索にふける哲学者、又神学的ドグマの論争の渦中からいつまでも脱出し切れない専門の僧侶牧師輩ではなくて、却って物質科学者であるかも知れない。イヤ現在までの所を観ても、すぐれたる心霊研究者、又純真なる神霊論者はむしろ科学者の中から多く輩出してる。クルックスがそれである、ウァレエスがそれである、ロッジがそれである、フランマリオンがそれである、ジェレーがそれである、ジェームスがそれである、ロムプロゾーがそれである、パアレットがそれである。その他枚数にいとまなしである。

 が、物質科学が最近いかに長足の進歩を遂げたとて、超物質界にきてはまだ一の有力な暗示又は手がかりを与えるに過ぎない。充分にこの目的に添うものは目下の所矢張り心霊科学が活用する所の霊媒能力以外には絶無である。最近八十年間において各国に輩出した霊媒は、優れたもののみを数えても相当の数に上るが、彼等のほとんど全部は各自その得意とする所の能力を提げて超物質的内面世界の探窮たんきゅう調査に努力したので、今日にありてはる程度までその真相を掴むことが出来るようになった。もちろん各霊媒の能力には限度があり、又潜在意識その他の混入もる程度免れないので、枝葉の点においては相当多大の齟齬そご衝突を免れない事は事実である。しかしつぶさに彼等の提供する資料を整理分類し、あくまで厳正なる比較研究を施して見ると、ここにドーあっても動かすべからざる結論が下されるのである。以下私ののべる所は例によりて各種各様の霊的調査の綜合であって、私一個の私見ではない。

 四大界――人間の自我表現の機関が四大別されるように、人間の置かるる環境も矢張りこれを四大別し得るようである。

 即ち(一)物質界、(二)幽界、(三)霊界、(四)神界である。

 右の中物質界はわれわれが五感をもって日常接触する世界であるから、これはここに説く必要がない。説明を要するのは幽界以上である。

 幽界――とは、心霊研究の立場からすれば畢竟ひっきょう地球の幽体と思えばよい。地球に限らず天地間の万有一切は自然法則の束縛から免れることはできない。従って地球にも無論幽体もあれば、霊体もあり、又その本体もあり、互に滲透しんとう的に重なり合ってる。此等これらのすべての中でその構成分子が一番粗く、つその容積が一番小さいのは無論地球の物質体である。地球の幽体となればその構成分子は遥かに微細で、内面は物質的地球の中心まで滲透しんとうし、又外面は物質的地球のずっと外側まではみ出してる。その延長距離につきてはまだ定説はないが、しかし地球の幽体が、他の諸天体、すくなくとも太陽系所属の諸天体の幽体と何所かの地点で相交錯してるのではないかと思考せらるる節がある。『ステッドの通信』中にんな一節がある。

『私達の住む世界(幽界)は地上の人達が考える所とは大分異ちがう。幽界の居住者は物質的生活がいとなまるるもろもろの天体からの渡来者である……』

 北米の名霊媒ドレッサア夫人が、自動書記によりてある一人の帰幽者より受取った通信中にも次のような一節がある。――

『私にりて何より愉快なるは他の天体からつかわさるる指導者達からいろいろの知識をさずけらるることである……。』

 他にもこの種の通信はまだ沢山ある。

 で、幽界にきて従来一般人士の抱懐する観念には大々的修正を要するものがある。その要点をのべる。――

(一)幽界は肉体を有する人間にとりても密接な関係のある境地である。

 幽界は勿論むろん肉体を棄てた帰幽者の落ちつく世界には相違ないが、しかし人間は生前においてもその幽体を用いて間断なくこれと交渉を有してる。各種の黙示又はインスピレーション、思想伝達現象、交霊現象、霊夢等はほとんど全部幽界と交渉の結果である。

(二)幽界を単に距離で測ろうとするのは誤謬ごびゅうである。

 仏者の所謂いわゆる西方浄土や十万億土等はむしろ単なる方便説で、実際には当てはまらない。幽界は畢竟ひっきょう内面の世界で、場所からいえば、大地の内部にも、又その外部にもわたっている。従ってわれわれの居住する物質界とても、その内面は立派に幽界である。

(三)幽界はまだ途中の世界である。

 幽界は物質界に比すれば比較にならぬほど自由であり、思念することは直ちに具象化すると言った世界であるが、しかし理想をへだたることまだはなはだ遠く、とりとめのない空想又は熾烈なる感情等によりて歪曲されたる千変万化の異象が盛んに飛躍出没する境地らしい。旧式の宗教家は、信仰次第で死後人間が直ちに光明遍照へんじょうの理想世界に到達し得るように説くが、あれは事実に反している。

 幽界の居住者、又その生活等につきては別に機会を見て講述することとし、ぎに霊界、神界につきて簡単に一言する。

 霊界――となるとそろそろ地上の人間の思索想像に余るものがある。無論われわれの内にも未発達ながら霊体はある。故に一切の慾念よくねんや感情を一掃し、冷静透明、あたかも氷のような心境に入りて沈思一番すれば、霊界のる一局部との接触があえて不可能という訳ではないが、しかし実際問題となればなかなか思うように行かないのが現在の地上の人類の状態である。神人合一だの、神は内にあるだのと、口に立派なことを述べるものは多いが、いずれも実は浅薄卑俗なる自己陶酔に過ぎぬ。その何よりの証拠には、そう広言する人達からほとんど何等偉大なる思想も生れず、又何等破天荒の発明又は発見も現われないではないか。要するにその説く所は単なる理想であり、空想であり、口頭禅であって実際の事実ではない。

 実際問題とすれば現在の地上の人類としてわずかに期待し得るのは霊界とのすこぶる狭い、局部的の接触である。それもよほど優れた天分の所有者が刻苦精進の上でできることである。首尾よくこれに成功した人が、つまり人間界の偉大なる哲学者、科学者、思索家又は発明家達である。何分にも地上の人間は鈍重な肉体で包まれ、又きまぐれな幽体でおおわれてるので、なかなかそれ等を突破して、色も、香も、歪みも、又くるいもない、明鏡のような純理の世界には容易に突入し得ないのである。

 が、この霊界とてもまだまだ理想の世界ではない。この境地の最大の欠点はそれぞれの局面に分割されていることである。あたえられたる筋道の見透しはつくが、他の方面のことは少しも判らないのである。

 神界――つまり地球の本体となると、いよいよもって筆をつくべき余地がない。強いて想像すれば、それは恐らく他の諸天体の本体と合流同化し、玲瓏れいろう清浄、自在無碍むげ、何も彼も見通しのつく光明遍照へんじょう理想境りそうきょうとでも言うよりほかに途がないであろう。死んで幽界に入ったステッドなども次のように歎息してる。――

『私は生前う考えてた、人間は死んだらすぐ神と直接交通を行い、自己の取るにも足らぬ利害得失の念などはきれいに振りすてて、礼拝三昧、賛美歌三昧にひたるであろうと。そう言った時代も究極においてはあるいは到達するかも知れない。しかし現在のわれわれはまだそれをへだたることはなはだ遠い。人間の地上生活は言わば一の駅場、われわれの進化の最初の駅場に過ぎない。現在の私の幽界生活は第二の駅場である。われわれはまだ不完全である。われわれはまだ個々の願望慾念よくねんを脱却し得ない。われわれは依然として神に遠い。要するに宇宙は私の想像してたよりも遥かに広大無辺であり、その秩序整然たる万象の進展は真に驚嘆に値する……』

 人間は自己の置かれたる環境がいかに広大であるかを知り、成るべく奥へ奥へと内観の歩を進むべきであるが、同時によく自己を省みて、苟且かりそめにも自然の秩序階級を無視し、社会人生に何の貢献をもなし得ない誇大妄想の奴隷になることを避けねばならぬ。


(参考書)

『ステッドの通信』心霊文庫第六篇  浅野和三郎訳

 故文豪ステッドがドウソン・スコット女史を通じて、自動書記で送れる通信である。多大の暗示に富む。

 ワアド氏の『死後の世界』の中の『霊界の図表』『霊界の学校』、同氏著『幽界行脚』の中の『霊界と幽界との区別』『幽界の図面』等も参照に値する。

The Astral Plane. By C. W. Leadbeater.

The Devachanie Plane. By C. W. Leadbeater.

 右二番共に私の所謂いわゆる幽界、霊界等の研究である。取捨選択を加えて読めば有力なる参考になる。



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