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〔五〕 並松雑話

(十三)


 途中とちゅう何事なにごともなく、八がつ十四未明みめい敏子としこさんは門司もじいた。早速さっそく旅館りょかんはいって大連だいれんゆき連絡船れんらくせんのことをたずねてると、おどろいたことには、ふね今朝こんちょう出帆しゅっぱんしたばかりのところであった。しかもぎの便船びんせんはといてると、十日後かのちでなければぬというのであった。番頭ばんとう説明せつめいした。

近頃ちかごろ西伯利シベリア出兵しゅっぺいめに、大連だいれんがよいの定期ていき回数かいすう大変たいへんらされてしまいました。従来これまで定期ていきが三日置かおきに御座ございましたが、只今ただいまは十日置かおきにしか御座ございませぬ。したがって大連だいれんがよいは近頃ちかごろ大変たいへん混雑こんざつ御座ございます。今回こんかいなどもうに満員まんいんとなり、おくれのお客様きゃくさまが、げん拙店てまえどもに三にんばかりも御滞在ごたいざい御座ございます』

 敏子としこさんはこれをきいて、ほとん途方とほうれざるをなかった。これから八がつ二十四までの十日間かかんむなしく宿屋やどやってるのも莫迦ばからしいし、さりとて一たん綾部あやべ引返ひきかえして仕舞しまうのも随分ずいぶん億劫おっくうはなしであった。

佐賀さがには親戚しんせきがあるから、一そうのこと其処そこまでようかしら……』

 敏子としこさんは斯麼こんなこともかんがえたのであった。

 が、それにしても、にかかるのは二週間しゅうかん以前いぜん霊眼れいがんにありありとしめされた文字もじであった。今回こんかい行動こうどうは、全部ぜんぶその指示しじしたがってったにぎぬ。ところはずれるというのは什麼どういうわけであろう。

 邪霊じゃれい神懸かんがかりで全然ぜんぜんうそをおしえられたのか、それとも、しや神示しんじとおちかうち便船びんせんがあるのかしら。かくも、このさいすこしずめて善後策ぜんごさくこうじてよう、あまあわてると失敗しっぱいするかもれぬとかんがえて、

番頭ばんとうさん、何処どこいたしつ案内あんないしてください。わたしやすませてもらいます』

 敏子としこさんは一しつはいって、ひとりでいろいろとかんがえたが格別かくべつ名案めいあんうかばぬ。モウうなっては神様かみさまにおすがりするよりほかみちがなかった。

 かたのごと両手りょうてんで、鎮魂ちんこん姿勢しせいり、一しん不乱ふらん神様かみさま祈願きがんした。

かね御神示ごしんじとおり、八がつ十二にち綾部あやべてまいりましたが、御覧ごらんどお定期船ていきせんおくれて、途方とほうくれりまする。これからいかがいたしてよろしきや、何卒なにとぞ御指図おさしずをおねがもうします』

 すると、うち敏子としこさんは、帰神きしん状態じょうたいるのをかんじた。あし感覚かんかくうしない、一しん縹渺ひょうびょうとして空中くうちゅううかべるがごと心地ここちになって、やがて案外あんがいらく言葉くちれた。

心配しんぱいするにはおよばぬ。今日こんにちうちには大連だいれんきのふねがあるほどに、落著おちついてて!』

 おわると、自然しぜん肉体にくたいもと平静へいせい状態じょうたいふくした。敏子としこさんはかくもこの神示しんじしたがって、ってことにした。

 午前中ごぜんちゅうむなしくぎた。いかに番頭ばんとうとらえてねんしてても、一両日中りょうじつちゅう出航しゅっこうすべきふね見込みこみは絶無ぜつむであった。

かみさまは彼様ああおっしゃられるものの、はたして今日きょうじゅう出帆しゅっこうするふねがあるかしら……』

 半信はんしん半疑はんぎうちに、午後ごことなった。すると番頭ばんとう周章あわただしくんでた。

『エー早速さっそく申上もうしあげます。只今ただいま社外しゃがいせんが一そう大連だいれんむかいて出港しゅっこうすることにりました。元来がんらい荷物船にもつせん御座ございますが、談判だんぱん結果けっか数名すうめいだけ便乗びんじょうさせてもらことりました。四出港しゅっこうでございますから、モウがありません。おいそぎでお仕度したくをおねがいたします……』

 これいたときには、敏子としこさんは有難ありがたいやら、あわてるやら、うれしいやら、無我むが夢中むちゅう荷物にもつまとめ、勘定かんじょうませ、ふねさえもきかずに、数人すうにん人々ひとびととも乗込のりこんだそうである。

 ふね案外あんがい大型おおがた立派りっぱふねで、たッぷりした船室せんしつあたえられ、きわめて愉快ゆかい航海こうかいつづけて、無事ぶじ大連だいれん到着とうちゃくした。よくよく御神恩ごしんおんだいなるに感泣かんきゅうしたものとえ、敏子としこさんは遼東りょうとうホテルにるやいなや、ただち手紙てがみしたためて、委細いさい状況じょうきょう自分じぶんつまもと報告ほうこくしてた。その末尾まつびほうには、

船長せんちょうはじめ、一どう商売気しょうばいぎはなれた親切しんせつ航海中こうかいちゅう食事しょくじかさないほど元気げんきにて、わがながら今度こんどおどろいてります。出発しゅっぱつ早々そうそうかくもあきらかな御神徳ごしんとくいただきましたことにきては、骨身ほねみにしみて有難ありがたく、このむねうちはとてもつたなふで言葉ことばあらわせませぬ。概略がいりゃくことのみあらあら御知おしらせ申上もうしあげますから、何卒なにとぞ御察おさっしをねがいます。船中せんちゅうでは二十余人よにん船員せんいんから大本おおもとことかれて、やく時間じかんほどしゃべりました、自分じぶんながら不思議ふしぎおもうてります……』

 などといてあった。

冬籠 綾部生活の五年


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第二部 完


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