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〔五〕 並松雑話

(十二)


 大正たいしょうねんはるころから、絲満いとまん大尉たいい旅順りょじゅん港務部こうむぶ勤務きんむめいぜられてた。最初さいしょ自身じしん単独たんどく任地にんちおもむき、二つきつき支那人しなじんのコックを使役しえきして、殺風景さっぷうけい官舎かんしゃ生活せいかつをやってたが、とうとうれなくなったものとえ、七がつ下旬げじゅんになって、敏子としこ夫人ふじん是非ぜひ旅順りょじゅんへやっていとこした。

 そのころ敏子としこさんは総領そうりょう女児じょじ先立さきだたれ、ひとさびしく並松なみまつくらしてたとこらであったが、このほうせっすると、早速さっそく自分じぶんところ相談そうだんにやってた。

絲満いとまんから斯麼こんなことをもうしてまいりましたが、いかがいたしたものでございましょう、矢張やはったほうよろしいでしょうか』

無論むろんそのほういとおもう』

自分じぶんこたえた。『大事だいじ良人おっと旅順港りょじゅんこうなんぞにひと法師ぼっちくのはあま可哀相かわいそうだ。』

『でも、彼麼あんなところまで出掛でかけますのは、随分ずいぶん億劫おっくうございますからネ……』

 とくちにはったが、矢張やは霊魂れいこん旅順港りょじゅんこうそらんでってるのであった。とうとう暫時ざんじ綾部あやべいえたたんで、旅順りょじゅん引移ひきうつることに一けっした。

 それにしても婦人おんな一人ひとりたび、いろいろ気懸きがかりなことすくなくなかった。就中なかんずく早速さっそくしらべねばならぬ問題もんだいは、門司もじ大連だいれんかん連絡船れんらくせん日取ひどりであった。

何時いつここ出掛でかけたらよろしいのでございましょう』

 自分じぶんもこの相談そうだんには一とかたならず当惑とうわくした。いまだ一大連だいれん航路こうろ経験けいけんうえに、これを調査ちょうさすべき材料ざいりょうってない。なんとかしてしらべてやろうとはおもったが、ちょっとうま思案しあんうかばなかった。

 そのうち時間じかんたので、自分じぶんれいごといそいで金龍殿きんりゅうでんって、大本おおもとかんする講話こうわをやった。当時とうじ大本おおもと修行者しゅぎょうしゃかずようやはじめた時分じぶんで、そのも七八十めいはあったろう。いずれもみな熱心ねっしんいてくれた。

 講話こうわ鎮魂ちんこんということになり、一どう規定きてい姿勢しせいり、ズラリと室内しつないぱいならんだ。このころはモウ一人ひとりづつ鎮魂ちんこんなどをして余裕よゆうはなかった。五十にんでも百にんでも一とまとめにならばせて、自分じぶん指導者しどうしゃとなり、二三の助手じょしゅ使つかってこれおこなうのであった。神笛しんてきく、神歌しんかとなえる、れいおくる、発動者はつどうしゃ処置しょちする、却々なかなかもっいそがしいことであった。

 不図ふとがついてると、同時いつにか敏子としこさんもて、うしろほう鎮魂ちんこん姿勢しせいってた。敏子としこさんはこれまですで鎮魂ちんこん修行しゅぎょうみ、ある程度ていど天眼通てんがんつうひらけてた。自分じぶん旅順りょじゅんむかって出発しゅっぱつすべき日取ひどりを、当人とうにん天眼てんがんしめしてもらうのが、このさいばん得策とくさくであるとがついた。

 自分じぶんはツト敏子としこさんのまえってすわった。

何時いつ綾部あやべ出発しゅっぱつしてよろしいか、霊眼れいがん文字もじもっしめしていただきます』

 自分じぶんはかく祈願きがんめて、ウンと二三れいおくっていた。

 鎮魂ちんこんおわってから敏子としこさんをんでたずねた。

『いかがです、文字もじえましたか』

『ハイ……』

なんとありました?』

しろ文字もじで八がつ十二にちあらわれてました』

 そのは七がつ二十八にちであった。

やく週間しゅうかんのちですナ。それなら十ぶん準備じゅんび余裕よゆうがあります。八がつ十二にち綾部あやべ出発しゅっぱつとおめなさい。わたしはこの神意しんいただしいものと断定だんていします』

 偶然ぐうぜん神意しんいらぬが、かく敏子としこさんの旅順りょじゅんきの日取ひどりは、斯麼こんなふうめられた。荷物にもつまとめたり、あと留守番るすばんさがしたりしてうちに、またたひまに八がつ十二にちしまった。

 いよいよとなると自分じぶん多少たしょうにかかったので、御神前ごしんぜん鎮魂ちんこんして、ねんめにさら御神示ごしんじあおいでたが、矢張やは今日きょううち出発しゅっぱつすれば十ぶんうらしいので、とうとう予定よていどおりに決行けっこうせしめた。敏子としこさんは午後ごご五十ぷん汽車きしゃ綾部あやべ出発しゅっぱつして門司もじむかった。


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