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〔五〕 並松雑話

(十一)


 篠原しのはらくんあい前後ぜんごして、綾部あやべ移住いじゅうして海軍かいぐん士官しかんは、機関きかん大尉たいい絲満いとまんくんであった。家族かぞく妻君さいくん生後せいごもないおんな一人ひとりきりであった。

 絲満いとまんという奇妙きみょうせいをきいただけでも、大抵たいてい想像そうぞうされるであろうが、夫婦ふうふとも純粋じゅんすい琉球人りゅうきゅうじんであった。自分じぶん海軍かいぐん機関きかん学校がっこうったときに、生徒せいととして入学にゅうがくしてひとで、にしろ琉球人りゅうきゅうじん生徒せいとはじめてであったから、自分等じぶんら同僚どうりょうかん話題わだいのぼった。よく喫煙室きつえんしつなどで、

琉球人りゅうきゅうじんでも内地語ないちごつうずるだろうね』

『さあ、入学にゅうがく試験しけん及第きゅうだいしたのだから無論むろん差支さしつかえはなかろう』

などと風評うわさったものだ。

 生徒せいととして絲満いとまんくんはなはおだやかな生徒せいとであったことを自分じぶん記憶きおくする。ところが、この琉球りゅうきゅう出身しゅっしん生徒せいとが、分隊長ぶんたいちょうとして軍艦ぐんかん吾妻あづま」に乗組のりくんでり、そして大正たいしょうねんくれから大本おおもと修行しゅぎょうり、しゅう率先そっせんしてもなく綾部あやべ移住いじゅうしてた。自分じぶんゆめ夢見ゆめみ心地ここちがしたのであった。

 最初さいしょ絲満いとまんくん綾部あやべ町中まちなか仮寓かぐうしてたが、自宅うちのすぐ隣家となり売物うりものになってたのをり、もなく引越ひきこしてたので、並松なみまつ雑話ざつわ材料ざいりょうはいことになった。琉球りゅうきゅう海軍かいぐん生徒せいと軍艦ぐんかん吾妻あづま」、参綾さんりょう並松なみまつ――かんがえてれば随分ずいぶん奇妙きみょう系統けいとうだ。神様かみさま何所どこ何麼どうつなをかけられてるか、ふたけてしまうまで、まった人間にんげんには見当けんとうれない。

 現役げんえき海軍かいぐん士官しかんこととて、絲満いとまんくん綾部あやべることは滅多めったにない。欧州おうしゅう戦役せんえきちゅう南洋なんよう方面ほうめん出動しゅっどうしたり、またあるとき旅順りょじゅん港務部こうむぶ勤務きんむしたり、自分じぶんあまくわしいことらずにる。が、何処どこ勤務きんむしてても、その信念しんねんとしるにしたがってますますかたく、休暇きゅうかのあるかぎりは、高天原たかまがはら霊気れいきうちひたりにる。従来じゅうらい海軍かいぐん当局とうきょくは、ほとん大本おおもと真相しんそうれず、くだらぬ新聞しんぶん雑誌ざっし風評ふうひょう左右さゆうせられて、部内ぶないもの大本おおもと接近せっきんすることを嫌忌けんきする傾向けいこうがあった。自分じぶんも二三当局とうきょく諭達ゆたつめきたるものをたことがあるが、その内容ないよう貧弱ひんじゃくにして杜撰ずさんきわめてるのにはほとんあきててしまい、これがはたして誠心せいしん誠意せいい国家こっかうれうるもののることかとうたがまどわざるをなかった。絲満いとまんくんかる不健全ふけんぜんなる空気くうきうちにあって、断々乎だんだんことして忠実ちゅうじつその所信しょしんむかって勇往ゆうおう邁進まいしんするのは、まこと見上みあげた態度たいどで、不言ふげんうち海軍かいぐん部内ぶない迷妄めいもう掃蕩そうとうしたことは、けっして斟少せんしょうではなかったとおもう。

 古今ここん歴史れきしひもといてても、ドウも平生へいぜいさけなどをんで大言たいげん壮語そうごする連中れんちゅうは、豈夫まさかさいにはかえっ意気地いくじがなく、謹直きんちょく寡黙かもくうちに、かえっしん勇士ゆうしるようだ。絲満いとまんくん平生へいぜいると、これが軍人ぐんじんであるかとおもほどおとなしい。海軍かいぐん自称じしょう豪傑ごうけつれん自称じしょう才物さいぶつれんは、かえっ斯麼こんなひとから指導しどうけることになるかもれぬ。いずれこれから海軍かいぐん士官しかん下士卒かしそつも、かみ予定よてい大々的だいだいてき試練しれんわされる。てるはず戦争いくさつのなら何人なんびとにも出来できる。日清にっしん戦争せんそうや、日露にちろ戦争せんそうはいかにも花々はなばなしいものであったが、しかしまだ鳴物なりものりの浮調子うわちょうしところがないでもなかった。日本にほん国民こくみんたいするしん試金石しきんせき今後こんごる。ひらいて世界せかい表面ひょうめん見渡みわたし、じて国内こくない実状じつじょうかんがうれば、海軍かいぐん士官しかんすこしは真剣しんけん気分きぶんになって、大本おおもと神諭しんゆおしうるところみみかたむけてもよかりそうなものだ。かく大本おおもと信者しんじゃ事実じじつうえに、日頃ひごろ修行しゅぎょう日頃ひごろ信念しんねん証明しょうめいをするのはこれからだ。附焼刃つけやきば信仰しんこう口頭くちさきだけ信仰しんこう御都合ごつごう主義しゅぎ信仰しんこうなどは、しん試練しれん際会さいかいしたときなんやくにもたぬ。しそれ無神論者むしんろんじゃ物質ぶっしつ論者ろんじゃいたりては論外ろんがいだ。先帝せんてい陛下へいか軍人ぐんじん下賜かしされた御勅諭ごちょくゆとても、真信仰しんしんこうったものにしてはじめてその心読しんどく出来でき実行じっこう出来できる。事実じじつうえに、このこと試験しけんされる時節じせつがいよいよ接近せっきんしたとおもうと、まったもっき、うでるではないか。

 ドウも十七ねんかん海軍かいぐん部内ぶない所為せいか、海軍かいぐんことすと自分じぶん毎時いつもまれて言葉ことばはげしくなる。おもえば大本おおもと誤解ごかいしてるもの、現代げんだい眼覚めざめぬもの、神霊しんれい実在じつざい盲目もうもくなもの、日本にほんじんしなべての問題もんだいで、けっして海軍かいぐん軍人ぐんじんかぎったことではない。とく海軍々人かいぐんぐんじんのみをめるのは、おそらく苛酷かこくなことであろう。自分じぶん理性りせいはこのことを百も承知しょうちしてるくせに、何故なぜこれがめられぬのかしら……。矢張やは自分じぶん感情かんじょう自然しぜんそうさせるのであろう。


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