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〔五〕 並松雑話

(十)


 陸軍りくぐん将校しょうこう大本おおもとはなしをきくべく、ボツボツ福知山ふくちやま支部しぶかけたのは、大正たいしょうねんくれからよくねんはるにかけてのことであった。それには現代げんだいしき教育きょういくのある、布教者とりつぎしいという稲次いなつぐ支部長しぶちょうからの註文ちゅうもんで、篠原しのはらくん福知山ふくちやまってもらうことになった。篠原しのはらくん家族かぞくひっさげて福知山ふくちやま支部しぶ附近ふきん引移ひきうつった。

 当時とうじ篠原しのはらくんは、肉体にくたいならび精神せいしん大修祓だいしゅうばっ真最中まっさいちゅうで、大概たいがい神諭しんゆみながらてばかりたらしい。今度こんど御神業ごしんぎょうつれば、そのころが「立替たてかえ大峠おおとうげ」というところでもあろう。かく福知山ふくちやま以前いぜん以後いご篠原しのはらくんには、すべてのてんおい見違みちがうほどの大変化だいへんかしょうじてた。

 稲次いなつぐさんは神恩しんおん神徳しんとく有難ありがたさが骨髄こつずいまでわたった敬虔けいけん信者しんじゃで、それが日常にちじょうの一きょどうにもよくあらわれてる。これが篠原しのはらくんたいしてもっと良好りょうこう感化かんかおよぼしたらしい。現代げんだい教育きょういくけたひと欠点けってんは、兎角とかく主我的しゅがてき利己的りこてきまた打算的ださんてきで、自己じこむなしうすることが出来できない。自分じぶんなどもそのくせれずにこまってるが、篠原しのはらくんなりそれがあった。そして自分じぶんでは立派りっぱ所思つもりで、不知しらず不識しらずあいだに、じょすべからざる神則しんそく違反いはんをやってた。

 この浮世うきよあかあらおとすのには、福知山ふくちやままことあつらきに出来できた。まった人間にんげん感化力かんかりょくほどおそろしいものはない。くもわるくも什麼どうでもなる。稲次いなつぐさんの感化力かんかりょくは、篠原しのはらくんたいしてもっとおもつぼはまってはたらいた。それまでの篠原しのはらくん海軍かいぐん士官しかんうえに、大本おおもと信者しんじゃ上衣ころもたが、それからの篠原しのはらくん大本おおもと信者しんじゃうえに、海軍かいぐん士官しかん上衣ころもるようになった。

 篠原しのはらくん肉体にくたいうえにも一だい革命かくめいおこらずにはまなかった。それにも奇抜きばつなる睾丸きんたま病気びょうき引越ひきこし問題もんだいであった。ある篠原しのはらくん御神前ごしんぜん熱心ねっしん祈願きがんした。

わたくしなどははなはけがれた人間にんげんで、目下もくか神様かみさま御慈悲ごじひにより罪穢めぐりいていただいて最中さいちゅうござりますから、却々なかなか病気びょうき平癒へいゆ御祈願ごきがんなどはいたしませぬが、ただ場所ばしょ場所ばしょで、いささかなりとも御神業ごしんぎょうめにはたらかしていただこうとするのにはなはこまります。身体からだ何所どこでもかまいませぬが、ただモすこひとられても、体裁ていさいのよいところへこの病気びょうきうつしていただきたうござります』

 この祈願きがんただち神界しんかいからとどけられた。一にちあいだ睾丸こうがん全治ぜんちして、そしてそのかわ左腕さわん上部じょうぶ噴火口ふんかこうのようにえぐした。この噴火口ふんかこうからは間断かんだんなく膿血うみちほとばしり、また屡次しばしば疼痛とうつうおこし、もっとひど時分じぶんには腕骨わんこつ露出ろしゅつするまで腐蝕ふしょくし、とても二たられたざまではなかった。素人眼しろうとめには必定ひっじょううでげるであろうとまでわれた。

 大本おおもと信者しんじゃうちのお医者いしゃさんたち大変たいへん心配しんぱいして、篠原しのはらくんくすりませたり、湯治とうじすすめたりしたがなにをやってもすこしの効果こうかえなかった。それでも当人とうにん案外あんがい平気へいきで、そのいたうでをかかえて講演こうえんもすれば鎮魂ちんこんった。

 篠原しのはらくん大正たいしょうねんあきから一ねんはんばかり鳥取とっとり支部長しぶちょうつとめ、それから大正たいしょうねんはるになって、東京とうきょう確信会かくしんかいづきとなったが、この足掛あしかけねんあいだうできず依然いぜんとしてなおらず、すくなからずその活動かつどうさまたげてた。人間にんげん肉体にくたい一つでも、その改造かいぞうにはかくのごと手間てまれるのをれば、世界せかい改造かいぞうとなると大変たいへん六ヶいに相違そういない。大峠おおとうげ絶頂ぜっちょうたつするまでに、お三十ねん歳月さいげつようするものとすれば、とうげえてからも、矢張やはり三十ねんくらいかからねば平地へいちにはたっせられまい。余程よほどながく、かず、あわてず、しっかりした歩調ほちょうすすまねばいかぬようだ。しかし失望しっぼう禁物きんもつである。篠原しのはらくんの五ねんごし腫物はれものも、大正たいしょうねんはるはじめになると、次第しだい次第しだい自然しぜんなおし、とうとうにくあがって、皮膚ひふ出来できて、綺麗きれい全治ぜんちしてしまった。これ同時どうじ血色けっしょくもよくなり、元気げんきて、いましもされもせぬ、立派りっぱ健康体けんこうたいと、そして確乎かくこたる信仰しんこうとの持主もちぬしである。

 篠原しのはらくんおこったことを大仕掛おおじかけにしたのが、所謂いわゆる立替たてか立直たてなおしであると自分じぶんおもってる。


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