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〔五〕 並松雑話

(八)


 自分じぶん大分だいぶしん内輪うちわばなしを披露ひろうしてしまった。まだまだれば際限さいげんもないが、このしゅはなし兎角とかく自慢じまんばなしのようになりちで、片腹かたはらいたきこゆるものであるから、一とずこのへんりあげてくこととして、ただここにトムのはなしだけいてきたくおもう。矢張やはりこれも霊魂れいこん問題もんだい関係かんけいがある。

 トムは飼犬かいいぬ名前なまえだ。大正たいしょう年頃ねんごろ横須賀よこすかで、高山たかやまという陸軍りくぐん将校しょうこううちからもらってたのであった。うまれてわずか十ばかりときからそだてただけあって、非常ひじょうによく家族かぞくのものにれ、就中なかんずく子供達こどもたちとはほとんはなるべからざる間柄あいだがらであった。くろ毛並けなみ少々しょうしょうあかまじり、からだ小柄こがらあま縹致きりょうではないが、しかし何処どことなくおだやかな、可愛かわいらしい個所ところのあるいぬであった。

 トムの風釆ふうさいを二だんも三だんげたのは、いことであった。これは高山たかやま生後せいごただちはさったのだそうで、何故なにゆえ其麼そんな残酷ざんこくなことをしたのかよくわからぬが、その親狗おやいぬ矢張やはられてあった。かくるべきところるべきもの不足ふそくしてるのであるから、んだか前後ぜんご釣合つりあいわるく、背後うしろから姿すがたなどは、何処どことなく物足ものたりないおもむきがあって、いたましくもまた滑稽こっけいかんじられた。

 他人たにんからればくだらぬ小狗こいぬとしかえなかったであろうが、自分達じぶんたちかられば、これでも立派りっぱ家族かぞくの一いんであった。トムがわずらったときなどは、随分ずいぶん心配しんぱいして医療いりょうつくしたものであった。無論むろんある程度ていどまで人語じんごかいし、またある程度ていどまで主人しゅじん胸中きょうちゅうさっし、めてやればよろこんで、るかいかのみじかり、またしかってやればチリチリにちぢみあがって垂有うなだれる。世話せわけたかわりに、だけにぎわしてくれたかれなかった。

 横須賀よこすかから綾部あやべ引移ひきうつときには、自分達じぶんたちこれともなうことをわすれなかった。無論むろんトムは木箱きばこれられて、荷物にもつあつかいをけたのであるが、大船おおふな京都きょうと乗替のりかえのさいに、はこなかから自分達じぶんたち姿すがた瞥視べっしして、心細こころぼそそうに悲鳴ひめいげてたのは、まった可哀相かわいそうでならなかった。うまれてはじめて異様いよう取扱とりあつかいをけて、余程よほど心配しんぱいをしたものらしく、菓子かしなどをれてやってもけっしておうとはしなかった。

 しかしいよいよ綾部あやべいて、はこからされたときよろこいさんだ様子ようすまた格別かくべつであった。そして子供こどもたちと一しょに、くるまさきって、スタスタんでった様子ようすは、いま自分じぶん眼底がんていのこってる。

 自分達じぶんたち並松なみまつなれると同様どうように、トムもまたれ、自分達じぶんたち土地とち人々ひとびととかけはなれた生活せいかつをしてるにはんして、トムは近所きんじょいぬどもと相当そうとう親密しんみつ交際こうさいむすんでた。トムの綾部あやべ生活せいかつなり自由じゆうな、愉快ゆかい生活せいかつであったらしいが、しかしあまながくはつづかなかった。大正たいしょうねんはるになって突然とつぜんその姿すがた見失みうしなってしまった。

 横須賀よこすか時分じぶんにも、一トムは自分じぶんあとについて佐野さの大明寺だいみょうじ附近ふきんき、そのさいみちうしなって二日ふつかほどかえらぬことがあった。今度こんどまた其麼そんなことであろうと、多寡たかをくくってたが、三日みっかちても五日いつかちても何麼どうしてもかえらない。自分達じぶんたち不安ふあんねん次第しだい次第しだいくわわった。

猟師りょうしなんぞにられたのかもれない』

とりなぞをくせかあったから、ことによるところされたのかもれませんネ』

 親達おやたちよりも子供達こどもたち心配しんぱいほうが一そう猛烈もうれつであった。そしてトムらしいいぬ見掛みかけたという風評うわさをたよりに、山家やまが、その近郷きんごう近在きんざいたずまわったが、いずれもみなあてはずれた。十ばかりうち懸念けねんはとうとう絶望ぜつぼうしてった。

『モウ到底とうていかえってませんネ。什麼どうしたのでしょう、可哀相かわいそうに……』

 などと、しばしば歎声たんせいもらすのみであった。

 トムの行方ゆくえ現実げんじつとしてはつい今日きょうまで不明ふめいであるが、しかし霊的れいてきにはその明白めいはくになった。やく十二三にちぎたことであった。つまゆめにありありとトムの霊魂れいこんた。脇腹わきばらから後脚部こうきゃくぶにかけてひど負傷ふしょうし、一ぽんあしなどはフラフラになってるにもかかわらず、いかにもなつかしげにびついてた、却々なかなかはなれようとしなかったそうだ。

『おまえはまァ大変たいへん怪我けがをして……』

 いたわる自分じぶんこえゆめやぶれたが、しかしそのいたましき霊魂れいこん姿すがたは、分明はっきり眼底がんていきざまれてのこった。そしてつまそのきず模様もようから、トムは多分たぶん汽車きしゃれてんだものと直覚ちょくかくしたのであった。

一同みんな心配しんぱいしてるので、畜生ちくしょうながらも自分じぶんんだことをらせにたのでしょうか』

無論むろんそうだろう』

 それからのち自分達じぶんたち時々ときどきトムの風評うわさをやる。まこと簡単かんたんな一じょう小話しょうわではあるが、しかひと動物どうぶつ肉体にくたい霊魂れいこんとの関係かんけいごときは、このしょう実話じつわにも暗示あんじされてるとおもう。


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