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〔五〕 並松雑話

(六)


 首尾しゅびつまが一れんたまを、くだしたのをそなわしたときに、かみさまはおもむろ懐中ふところさぐって、今度こんど真紅しんくとおした、一水晶すいしょうたまされた。

『これをそちつかわす。かみまえんでせよ』

 おそおそつま両手りょうてをさしのべて、かみ御手みてからくだんたま受取うけとったが、先刻さっきいたたまよりははるか大型おおがたで、ずッしりとけたおもみをかんじた。しつあくまで透明とうめいで、みずしたたる、つゆやこぼるるかとうたがわるる明玉めいぎょくおぼえずうっとりと見惚みとれてしまうのであった。

『さァはようそれをむのじゃ』

 てらるるかみのお言葉ことばに、つまは、はッとわれにかえった。先刻さっきたまかろうじてむことが出来できたが、今度こんどのはいかにもおおきく、かみのお言葉ことばむしうらめしかった。

『とてもかみさま、わたくしにはめはいたしませぬ。おゆるしをねがいます』

『イヤめる。汝にめるからめともうすのじゃ』

『でも什麼どうしてこれが……』

はよういたせ、はよう!』

 と神様かみさま相手あいてにしてくださらぬ。仕方しかたがないのでつまようや覚悟かくごめた。

『それなら、一しょう懸命けんめいんでます』

 たまたずさえてかみ御前みまえ退さがり、つぎしつ水甕みずがめのあるところまでって、たまくちれ、みずともみおろした。

 たまおもいのほかなめらかに、スルリとのど通過つうかして、むねってつかえた。くるしいのでまたみずを一とくち……。

 と、にわかひらいた。あかつきいろかすかに隙間すきまからんでるが、まだらない。いままでありありとはいかみ姿すがた何時いつしかえたが、ただむねつかえはまだすこしもらない。何処どこまでがゆめで、何処どこまでがうつつか、とてもその区別くべつがつかなかった。おもまどうてつま自分じぶんおこして、いまあったことをつぶさに物語ものがたった。

わたくしどうしてもゆめのようにはおもわれません。まだむねのこのへんすこいたございます』

などとって、しきりむねさすってた。

 大本おおもと信仰しんこうはいってから、これまでにも屡次しばしばゆめ色々いろいろことらされてるので、今度こんどのもたしか霊夢れいむであると自分じぶん直覚ちょくかくした。素盞嗚命すさのおのみこと御出現ごしゅつげん、三十ばかりの連珠れんじゅあか白珠しろたま――無論むろん自分じぶんむねさとところはあるにしても、下拙へた説明せつめいくだすべきかぎりでないのはうまでもあるまい。自分じぶんただちつまりのままをここいてくにとどめる。

 かくこの前後ぜんごから、つま妊娠にんしんした。

 教祖きょうそさまも出口でぐち先生せんせいもこのはなしをきかれると、大変たいへんよろこびになってくだすった。うまるる女子じょしであることは何方どなたもすぐおわかりであった。出口でぐち先生せんせい早速さっそくふでって、

月満放2神光1つきみちてしんこうをはなつ

の一ぷくいてくだすった。この文句もんくても胎児たいじ女性じょせいであることはあきらかにしめされてた。

 あかつきちかたまあたえられた母親ははおやは、十箇月かげつのち月満つきみちてあかつきちか女児じょじんだ。そのみぎり自分じぶんわざ子供達こどもたちそとし、ふね和知川わちがわうかべてたが、うらうらとさしのぼ旭日あさひひかりびつつ、安産あんざん吉報きっぽうよろこびはいまわすれない。

 うまれた女児じょじなんというをつけようかというのが、引続ひきつづいておこったかる心配しんぱいであった。自分じぶん頭脳あたまなかかんがえついたは三ツも四ツもあったが、むしろこれは神示しんじによりてけっすべきであるとさとって、綾部あやべ産土うぶすな熊野くまの神社じんじゃ参拝さんぱいした。

 祝詞のりと奏上そうじょうして、おれい申上もうしあげてから、社前しゃぜん鎮魂ちんこん姿勢しせいりて神様かみさまうかがった。

最早もはや神界しんかいにては、今度こんどうまれた女児じょじとどいでがあったこととぞんじます。なんもうすか、お告示しるしねがいます』

 ほどなく御神示ごしんじせっすることが出来できた。美智子みちこというくしてけられた。あとがついてると、出口でぐち先生せんせいくだすった掛軸かけもの文句もんくなかにも、立派りっぱにこの暗示あんじされてた。


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