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〔五〕 並松雑話

(四)


 自家うち子供こどもたちなかで、もっともよく邸前ていぜんながるる和知川わちがわしたしんでるのは三郎さぶであった。最初さいしょめずらしがって、よくかめなどをつかまえてよろこんでたが、次第しだいにそのあそかた発達はったつしてて、釣竿つりざおつくったり、すくあみととのえたりして魚捕さかなとりはじめた。その関係かんけい何等いつにやらふね操縦そうじゅうにもれてた。さおでもでも立派りっぱ使つかえるようになった。

 最初さいしょとし自分じぶんもよくかわたが、大正たいしょうねんになってからは、そのひま段々だんだんすくなくなり、何時いつしかふね子供こども占有せんゆうしてった。

 とき大正たいしょうねんの四がつ初旬しょじゅん、よくわたったあさのことであった。山国やまぐにはるあさく、河水かすいはまだなりつめたいにもかかわらず、三郎さぶれいごと単身たんしんかわりてって、ふねした。

 対岸たいがんったほう遠浅とおあさすのには都合つごうわるい。中央ちゅうおうから此方こちら岸迄きしまではばけんばかりのところ平均へいきんじょうほどふかさで、急流きゅうりゅうではあるがにはあつらきだ。三郎さぶはそのふかところ得意とくいになって、おぼてのした。

 いかにせん、まだ十二の細腕ほそうでにはすこぎた。ちから一ぱいまえした途端とたんに、にはよくあるとおり、そのほぞはずれると同時どうじに、おもみとかわながれとに、身体からだ中心ちゅうしんうしなって、あッというもなく真逆様まっさかさまに、

『ザブリ!』

とばかり、水煙みずけむりててはまってしまった。

 おりしも街道かいどうには二三の通行人つうこうにんがあった。また附近ふきんはたけには四五にん大本おおもと役員やくいんはたらいてた。此等これら人々ひとびとは、ただならぬ物音ものおといずれもおどろいて河面かわつらると、ぬしのないふねと二履物はきものが、フワリフワリと急流きゅうりゅうながされてくばかり、今迄いままで飛白かすり筒袖つつそで学生帽がくせいぼうかむって、してはず三郎さぶ姿すがたえない。

大変たいへん大変たいへんぼんさんがかわはまった!』

はや浅野あさのはんのたくらせんと……』

 つま居間いま縫物ぬいものなんぞをしながら、三郎さぶかわったことさえらずにたが、近所きんじょあま騒々そうぞうしいので、いそいで玄関先げんかんさきるとこの為体ていたらくおもわずはッといろうしない、むね動悸どうき早鐘はやがねをつきながら、足袋たび裸足はだし戸外おもてしたそうだ。

 三郎さぶはこのりょう年来ねんらいねつたり、わずらったりしてたので、水泳みずおよぎの稽古けいこはまだちっともしてない。それにるのはあつ綿わたいれ、おけにちたかわふかふか急流きゅうりゅう

『とても駄目だめかしら……』

 こころこころならず、河岸かしまでって水面すいめんると、ふねから数間すうけん上流かみほうに、あがってたのは三郎さぶで、真紅まっかかおをしながら無茶むちゃ苦茶くちゃみずいてたそうだ。

『まァよかった!』

 幾分いくぶんこころしずめて、ひとみさだめて熟視じゅくしすると、三郎さぶむねから上部じょうぶは、すッくり水面すいめんあがってうえに、かぶった帽子ぼうしまでもそのままになって様子ようすは、什麼どうても身体からだしたには、ものがあってこれささえてるとしかえなかったそうな。

綿わたれのままでようおよいでなはる』

ぼんさん、しッかりしなはれ、はよ此方こっちへ……』

 最初さいしょ吃驚びっくり仰天ぎょうてんしてった人々ひとびとも、あまりに三郎さぶろうおより、あがりがあざやかなので、むし見物けんぶつ気分きぶんはやててたそうである。

 やくちょうばかりながれたときに、三郎さぶ友達ともだちたもつちゃんがみ、つづいて自家うち来合きあわせて職人しょくにんの一にんんで、なんなく三郎さぶすくげたが、不思議ふしぎなことには、むねからうえほとんれてなかったそうである。

 自分じぶんはそのれいごとあさはやくから大本おおもとって、講話こうわをしたり、鎮魂ちんこんをしたり、全然ぜんぜんこの事件じけんおこったことをらずにごした。ひるすこまえ帰宅きたくして、はじめてこのはなしをきいたときには、おどろきもし、また感激かんげきもした。

まった神様かみさま御守護ごしゅごだ』

 自分じぶんむねには感謝かんしゃねんが一ぱいになり、早速さっそくかい御神前ごしんぜんって、衷心ちゅうしんから御礼おれい申上もうしあげたのであった。

 常識じょうしきからえば、この現象げんしょうごときは到底とうてい説明せつめいかぎりでない。全然ぜんぜん水泳すいえい心得こころえなき子供こどもふか急流きゅうりゅうち、そして溺死できしせぬばかりでなく、一てきみずさえまず、むねから上部じょうぶゆう水面すいめんあらわして、一ちょうながされる! 到底とうていはずであるのだが、それが実地じっちおこったのだから致方いたしかたがない。その実況じっきょうは十にん以上いじょう人々ひとびとによりて目撃もくげきされてる。

 こころみに三郎さぶむかって、ちたとき気分きぶんくと、きわめて呑気のんき無邪気むじゃきかおをしてこたえるのであった。

ぼくちたとき大変たいへんだとおもったが、一しょ懸命けんめいうごかしてると、身体からだいてるからまァいいとおもった。ぼくそんなにおどろきはしない……』

 かくこの一があってから自分じぶんはますますふかしんじた。いやしくも神様かみさま御守護ごしゅごさえあれば人間にんげんけっしてみずおぼれず、またおそらくにもやけぬものだ。すべからくかみに一さいまかして、そのしんずるものにむかって猛進もうしんすべきであると。


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