心霊図書館」 > 「冬籠」  >

〔五〕 並松雑話

(一)


 大正たいしょうねんふゆから六ねんあきまで、やく年間ねんかん綾部あやべ生活せいかつは、まがりなりにも什麼どうやらいた。自分じぶん無精ぶしょうをきめて一つも日記にっきのこしてかなかったので、いまふでるにあたって、そのたたり覿面てきめんにあらわれ、次第しだい次第しだい記憶きおく辿たどることが困難こんなんかんずる。大正たいしょうも七ねんねんねんとなると、ってはなしたり、鎮魂ちんこんしたりしたひとかずばかりもすうにんにのぼり、とても一々いちいち記憶きおくにはのこってない。つぶって過去かこねんしのことをかんがえてると、際立きわだって印象いんしょうふかかった人物じんぶつ事件じけん光景こうけいとうのみが、雲霧くもきりあいだからニョキニョキ尖頭せんとうあらわしてるのみで、輪郭りんかく色彩しきさいも一つたいらにボケてしまって、ゆめまぼろしのようにもかんぜらるるにぎぬ。折角せっかく経験けいけん経験けいけんとして、保存ほぞんぬということは、随分ずいぶん無意義むいぎ莫迦ばからしいはなしで、残念ざんねん至極しごくおもうが、いまさら如何いかんともすること出来できない。今後こんごすこ面倒めんどうでも、日記にっきなりといてこうかしらともかんがえてる。

 一ぽうからかんがえると残念ざんねんのようだが、しかし日記にっきなどのかったことかえっ難有ありがたくないでもない。何時いつまでもこの調子ちょうしいてには、とてもこのうえかいや二百かいかさねたところで、本篇ほんぺん結末けつまつがつきはせぬ。それではほうたまらないが、ほうは一そうたまるまい。ぎたるはおよばざるがごとしだ。あま愛想あいそうをつかされぬうちに、潮時しおどきて、加減かげんふでりあげるほう什麼どう得策とくさくのようだ。これからはあまはなし順序じゅんじょとうには頓着とんちゃくなく、記憶きおくうかぶまま、ふではしるまま、呑気のんきかまえて、種類しゅるいによりてひろきをしてようとおもう。あえ並松なみまつ自分じぶん家庭かていおこったことからでもはじめるとしよう。

 大体だいたいいてえば、並松なみまつ生活せいかつ呑気のんき生活せいかつであったとる。外見みえ体裁ていさいかざ心配しんぱいすこしもなし、くだらぬ浮世うきよ義理ぎり束縛そくばくくるしめらるることもほとんどなく、全然ぜんぜんあけぱなしの簡易かんい生活せいかつである。そのかわりねんがら年中ねんじゅう来客らいきゃく絶間たえまはない。大正たいしょうねん年頃ねんごろまでの大本おおもと修行者しゅぎょうしゃで、自分じぶんところへやってぬものはほとんど一にんもないとうてよいくらい並松なみまつほとん大本おおもと修行場しゅぎょうじょうかんがあった。一ばん汽車きしゃいたとかって、六ぎに寝込ねこみをおそわれた場合ばあい屡次しばしばあった。自分じぶん朝寝坊あさねぼう資質たちなので、あさ来客らいきゃく殺到さっとううと、朝飯あさめしなどもよくそこねる。よるきまって晩餐ばんめしおわるかおわらぬうち修行者しゅぎょうしゃる。すくなときで三五にんおおときは二三十にんのぼる。元来がんらいせまいえなので、ともすれば魚市場うおいちばまぐろならんだようにギシギシにまる。あまりにめかけると先来せんらいきゃくじんいて、後来こうらいきゃく座敷ざしきゆずる。一とばんに十にんずつ、三くみくらい更迭こうてつしたこともあった。

 七年度ねんどになってからはそろそろ宿舎しゅくしゃ設備せつび出来できかけたが、六年頃ねんごろにはそれがなかっために、自分じぶんところがよく宿舎しゅくしゃ代用だいようにもなった。とまるとうても簡単かんたんなものだ。一じゅうさいもっ大本おおもとしき御馳走ごちそう原則げんそくとしてあるのだから、家族かぞくのものもごう世話せわやけない。まるほう余程よほどどく程度ていどうすいに相違そういない。この流儀りゅうぎけば、日本にほんこく生活せいかつなんなどのこえは、まだおこらずともむとおもう。

 綾部あやべ全体ぜんたいとしてても、大正たいしょう五六年頃ねんごろ現今げんこんとをくらべると余程よほどおもむきことにしてたが、並松なみまつ模様もようこれにつれて大分だいぶんかわった。引越ひきこ当座とうざは、近傍きんぼう大本おおもと信者しんじゃ自分じぶんところがただ一けんはなははばのきかぬ次第しだいであったが、いまではみぎひだりに、大本おおもと信者しんじゃ新築しんちく家屋かおくえてて、ほとん並松なみまつたい風靡ふうびする有様ありさまになった。そしてあさばんに、祝詞のりとこえ淙々そうそうたる河水かすいおとして彼方あち此方こちきこゆる。

 自分じぶん引越ひきこした当座とうざもっとよわったのは、並松なみまつの「組飲くみのみ」としょうするものであった。言葉ことばこれあらわせば、並松なみまつ居住者きょじゅうしゃ懇親会こんしんかいである。一ねん何回なんかいもよおされ、おおいなが懇親こんしんはかるのが目的もくてきなそうだが、実際じっさいんで、くだいて、そして最後さいご喧嘩けんかをやるのである。自分じぶん引越ひきこし梶Xそうそう大正たいしょうねんの二月頃がつごろに、大工だいくためさんのところでそれがあった。いやしくも並松なみまつ引越ひきこした以上いじょうは、是非ぜひ出席しゅっせきせねばならぬとの厳命げんめいであったので、おそおそかおした。自分じぶん酒料しゅりょう多寡たかれてところに、新顔しんがおとあって、おおきなさかずきさかんにさされるので、組飲くみのみの容易よういならざることを痛感つうかんした。その次回じかい宿元やどもと自分じぶんところまわってた。丹波たんば洒呑童子しゅてんどうじ本場ほんばだけあって、却々なかなか酒豪しゅごうおおい。ドウせさけむのならつぶれるまでんで、くだけるだけいて、そして喧嘩けんかするところまでかねば面白おもしろくないという規則きそくになってるのだから、「組飲くみのみ」の宿やどをやるのは、容易ようい修行しゅぎょうではつとまらないことを実験じっけん体得たいとくした。

 だい回目かいめの「組飲くみのみ」のさいには、自分じぶんはとうとうかんがえた。自分じぶんごと弱卒じゃくそつこれ出席しゅっせきしてても到底とうてい勝算しょうさんはない。一つしかるべき斯道しどう豪傑ごうけつ代理だいりとして出席しゅっせきせしめ、大本おおもと信者しんじゃため気焔きえんいてやろう。それにはだれにしたものかと、いろいろ人選じんせん結果けっか竹造たけぞうさんにたのむことにした。竹造たけぞうさんは部内ぶない有数ゆうすう酒豪しゅごうで、二しょうや三しょうさけにはけっしておどろくようなひとではない。この策戦さくせんおもつぼにはまった。流石さすが並松なみまつの「組飲くみのみ」れんも、竹造たけぞうさんにはかぶといだ。彼麼あんなにガブカブ一人ひとりまれては、とても組飲くみのみが成立せいりつせぬと、文句もんくならべたのであった。そのさい竹造たけぞうさんの気焔きえんふるってた。

組飲くみのみというのはさけめばよいのじゃ。ほかことなららぬこと、さけむことにかけては、わし立派りっぱ浅野あさのさんの代理だいりつとめてる。愚図ぐず愚図ぐずやつ間違まちがってる……』

 その組飲くみのみ」は依然いぜんとして存在そんざいするようだが、自分じぶんむかって出席しゅっせきせまることだけはなくなった。

 


前へ

目  次

次へ


心霊図書館: 連絡先