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〔四〕 秋の丹波

(七)


 あくる十八にち昨日きのうあめがカラリとわたった秋日和あきびよりであった。もう一にちと、まきさんからは引留ひきとめられたが、なにも十二ぶんに、丹波たんば山奥やまおくあき真味しんみあじわったうえ何時いつまでかみ御用ごようよそにして、行楽こうらくおくわけにはかぬうえ、もしや修業者しゅぎょうしゃってはせぬかなどとおもうと、でないところもあるので、いよいよ綾部あやべかえるべく一どう身仕度みじたくととのえた。

『これはお土産みやげに』

って、昨日きのう松茸まつたけをそれぞれかごれて、所有主もちぬし名札なふだけられる。そして携帯けいたい荷物にもつと一つにまとめて、下男げなんかたげてきにてば、まきさんも街道かいどうすじ乗合のりあい馬車ばしゃ立場たてばまで見送みおくりすべくとも出掛でかける。

 あくまでも山奥やまおく秋色しゅうしょくあじわうべく、わざと景色けいしょくのよい間道かんどうえらんだが、案外あんがいみちい。たにえ、とうげのぼり、はやしをくぐり、みずをわたり、兎角とかくしてさとで、また田園でんえんあいだく。

 半里はんり、一すすむにつれて、次第しだいあせがにじみし、あしおもくなる。綾部あやべんでだけで、すで浮世うきよばなれのして連中れんちゅう北桑田きたくわたてここ数日すうじつ山奥やまおく空気くうきったこととて、一そう脱俗だつぞく気分きぶん発揮はっきしてしまい、男子だんしあついとて長髪ちょうはつうえ手拭てぬぐい頬冠ほおかぶりすれば、おんなうるさいとて衣服きものすそ端折はしおる。それがぞろぞろ十にんあまりも、不規則ふきそくな、間延まのびのせる行列ぎょうれつつくって、荷物にもつかつがせてとおるのであるから、あま世間せけんるいのない旅姿たびすがただ。

『このへんひとはわれわれをなんるでしょうナ』

『さァ自分じぶんにさえなになにやらわからない、なぞうえですから、他人たにんにはわかにくいでしょうよ』

 無駄むだくちをききながらやってると、とある小川おがわはしたもとに一けん茶店ちゃみせがあった。

 自分じぶんたばこりるべく、つとはいってくと、二三にん村人むらびとちゃんでた。自分じぶんかおをジロジロ見乍みながら、

貴所あなたがた弓削ゆげほうからおまわりどしたか。今度こんど興行こうぎょう座頭ざがしらはんはなんというどすな?』

なんです……。座頭ざがしらて』

貴所あなたがた今夜こんやまくける一どすやろ……』

 さては今夜こんやこの近所きんじょ村芝居むらしばいかかるのだナ。そして吾々われわれこう田舎いなかまわりの旅役者たびやくしゃの一見立みたててくれたのだナとおもうと、噴飯ふきだすほど可笑おかしくてたまらないのをわずかこらえて、

『イヤおおきに有難ありがとう。今晩こんばん是非ぜひ御見物ごけんぶつを……』

 自分じぶん大急おおいそぎでたばこけて、そこそこにし、一こういついてこのはなしをすると、いずれもころげんばかりの大笑おおわらい。

ほど旅役者たびやくしゃとはうま見立みたてたもんや。りあえず座頭ざがしら大先生だいせんせい、それに女形おんながたもあれば浄瑠璃じょうるりかたりもあり、道具どうぐかたもあり、なんなりと一ととおそろうてる。いままでだれ役者やくしゃというところがつかなんだとは迂濶うかつどしたナ』

などと星田ほしだ女史じょし大感服だいかんぷく

『一つ大本おおもと組織そしきしてってますかナ』

『イヤこの一ってられれば、世界中せかいじゅうがひっくりかえります……』

 戯談じょうだんいながら五六ちょうくと、右手みぎて畠中はたなかたけむしろとで急造きゅうぞうした芝居しばい小屋ごやについた。そして附近ふきんには「……じょうゑ」などいうのぼりが七八ぽんてられて、芝居しばい気分きぶんをそそってた。

『これだ! これだ!』

『一つ花々はなばなしくんでやりましょうか』

 おもいがけなき役者やくしゃばなしにはないて、一こうあしつかれもうちわすれ、二ばかあるいて乗合のりあい馬車ばしゃ立場たてばまで辿たどりついた。それから三みち馬車ばしゃられて殿田とのだたが、このみち出口でぐち先生せんせいが、明治めいじ三十一二年頃ねんごろ修業しゅぎょう時代じだいに、何回なんかいとなく徒歩とほ往来ゆききされたところだそうで、先生せんせいみぎひだりに、馬車ばしゃまどから、因縁いんねん場所ばしょやら、奇抜きばつ神憑かみがかり現象げんしょうおこったいえなどを指摘してきしつつ、懐旧談かいきゅうだんふけらるるのであった。

 就中なかんずく自分じぶんりてもっと興味きょうみふかかんじたのは、自分じぶんかつて「野天狗のてんぐはなし」としていた、駄菓子屋だがしや親爺おやじいえが、街道かいどうから五六けん引込ひっこんだところにあったことであった。

『あの親爺おやじさんはそののち什麼どうなりましたかしら』

いまでもきてます。いて野天狗のてんぐはそのしずまってるらしゅうおす』

 まるまる五たびは、徹頭てっとう徹尾てつび愉快ゆかいに、ノンキに結了けっりょうして、殿田とのだからまた汽車きしゃり、無事ぶじ夕暮ゆうぐれちか綾部あやべ帰着きちゃくした。


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