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〔四〕 秋の丹波

(六)


 くる十六にち終日しゅうじつ大雨おおあめで、そのまま吉田よしだてい滞在たいざい久振ひさしぶりであめおとをききながら、手持てもち無沙汰ぶさたな、つれづれの気分きぶんあじわってた。多忙たぼうくるしいが手持てもち無沙汰ぶさたまたくるしい。ドウせくるしいのなら矢張やはたばこぷく生活せいかつほういようなもした。

 十七にちりしきるあめおかして吉田よしだていし、弓削ゆげまきていむかったが、もなく途中とちゅうから模様もようになった。大雨おおあめあとみち案外あんがいによく、またあめあらわれた山間さんかん秋色しゅうしょくことほかあざやかであった。

 くにしたがって左右さゆうやまやまとの間隔かんかく次第しだいはなれ、案外あんがい広々ひろびろとした平地ひらちになった。鉄道てつどう線路せんろから四五引込ひきこんだ丹波たんば山奥やまおくに、かくばかり田園でんえんひらけてようとは、何人なんびと予想よそうほかであるに相違そういない。

 二ほどあるいてまきていいた。嵐山あらしやまふもとながるる保津川ほつがわ上流じょうりゅうは、まきさんのところからツイ一二ちょうところにあった。背後うしろやままえ保津ほつ平原へいげん却々なかなか気分きぶんのする土地とちがらであった。這麼こんな土地とちそむき、和気わき藹々あいあいたる家庭かていあとにし、一ねん大部だいぶ綾部あやべおくり、タッツケ姿すがた日夜にちや神事しんじ鞅掌おうしょうするまきさんの行動こうどうは、たしかに理窟りくつ常識じょうしき超越ちょうえつしてる。年齢としもまだ三十いくつの血気けっきざかりだ。後備こうび陸軍りくぐん少尉しょういという肩書かたがきると、虎髯とらひげやしたこわ小父おじさんかとおもわれるが、実際じっさい瀟洒しょうしゃたる若旦那わかだんなだ。肩書かたがき志願兵しがんへい記念きねんぎない。夫人ふじん周山しゅうさん吉田よしださんの長女ちょうじょだ。かく創業そうぎょう時代じだい大本おおもと北桑田きたくわた大本おおもと沿革史えんかくし辿たどろうとおもうものは、この関係かんけい無視むしするようなことではわけわからない。

 午後ごごからまたあめすこしたが、かね約束やくそく松茸まつたけがりもよおしは、これしきのあめくらいめられたものではない。れること覚悟かくごまえおとこおんな手拭てぬぐい頬冠ほおかぶり、借物かりもの単衣ひとえうわりにして、すそをまくって草履ぞうりばき、かごをぶらさげてうらやまへと繰込くりこんだ。

 あめ格別かくべつでもなかったが、けるくさしずくだれみなビショれになった。れぬまえこそつゆをもいとえ、れてしまえば勇気ゆうきは百ばい女連おんなれんまでががけわず、やぶわず、素晴すばらしいいきおいけまわり、きまわした。

 が、んとっても松茸まつたけがり大将たいしょう出口でぐち先生せんせい断崖だんがい絶壁ぜっぺきをも飛鳥ひちょうごとびまわり、そしてひとの五ばいも十ばいつけした。矢張やは松茸まつたけがりにも霊覚れいかくはたらくのではないかとおもわれた。

 そのなか一人ひとりこまったのは自分じぶんであった。さなきだにあま上手じょうずではないところを、けた近眼鏡きんがんきょうあめくもってしまったので、何処どこもかしこもただ茫漠ぼうばくとしてまくけたよう。いてもいてもあとから早速さっそくくもってしまうのには往生おうじょうした。時々ときどきはずしてるが、矢張やは駄目だめかる松茸まつたけだとおもって、よくよくると枯葉かれはであったなどの滑稽こっけいえんじた。

 しかし自分じぶん採取さいしゅした松茸まつたけりょうは、一こうなかで一ばんおおかった。収穫えもの約半分やくはんぶんすくなくとも三ぶんの一くらいは、たしかに自分じぶんわずらわした。其処そこには無論むろん秘訣ひけつがあったのだが、しかし種明たねあかしをすればんでもない秘訣ひけつであった。

 つま出口でぐち先生せんせい発見はっけんした松茸まつたけ全部ぜんぶを、自分じぶんあとからって採収さいしゅしたというにぎぬのだ。

浅野あさのはん! りますぜ』

 先生せんせいこえをしるべに、ちかづいてると成程なるほどる。大小だいしょうとりまぜ十ぽんかたまってえてるところさえある。香気こうき氛々ふんぷんとしてはなをつく。

此奴こいつ却々なかなかかたい。見附みつけるのも大変たいへんだが、採取係さいしゅがかりちからる……』

 文句もんくながってうちに、はやくも先生せんせいこえが二三十けんうえほう藪蔭やぶかげきこえる。

浅野あさのはん!、りますぜ……』

 ばれる、ってる。またばれる、またってる。

浅野あさのはんのお役目やくめ却々なかなか御苦努ごくろう御役目おやくめやな』

 だれやらがいたわるような、ひやかすようなことをいう。

『まだまだこれでわたしやくんだのではありません。かえってからべるお役目やくめのこってる……』

『アハハハ』

『オホホホホホ』

 二時間じかんばかやまなかわらこえびかわすこえちて、にぎやかな松茸まつたけがりであった。

 かえってから一と風呂ふろびて、さてての松茸まつたけいたり、たり、したりの御馳走ごちそうめ、こころよく一しゃくもよおしたのであった。

 そのばんれいによりて先生せんせい揮毫きごうがあり、またあつまった村人むらびとたいして福島ふくしま星田ほしだ両女史りょうじょし大本おおもと講話こうわがあったが、ひるつかれとさけよいとに、自分じぶん陶然とうぜんとして華胥かしょくにへとたびってしまった。


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