心霊図書館」 > 「冬籠」  >

〔四〕 秋の丹波

(四)


 出口でぐち大先生だいせんせい久振ひさしぶりの宇津うつりとあって、故旧こきゅう親戚しんせき信者しんじゃ、その村人むらびとが二三十にんしかけてた。懐旧説かいきゅうだんやら御道おみちはなしはなき、それかられいによりて先生せんせい揮毫きごうがあった。しょ出来できる。出来できる。うたごときはふでってかみのぞんでから、一小ちょっとくびひねったとおも瞬間しゅんかん出来できあがる。んでると、なん無理むりもなく、依頼者いらいしゃ姓名せいめいまれてる。

 姓名せいめい読込よみこみのうたむとうても、三しゅか五しゅたま出来できるというのなら、格別かくべつおどろくにもらぬが、先生せんせいのはノベツまくなしに、百しゅ、二百しゅ、三百しゅすこ踏張ふんばれば千しゅでも二千しゅでも、あえするいろせぬというのだからおどろかざるをぬ。とても人間業にんげんわざとはおもわれない。また実際じっさいよころ人間業にんげんわざではないのだから仕方しかたがない。

 翌日よくじつひる宇津うつって、周山しゅうさん吉田よしださんのところむかった。おとこおんなにんばかって、わたりたるあき午後ごごびながら、ブラリブラリと丹波たんばおく山里やまざとめぐり、じつ近来きんらいにない大保養だいほようであった。人類じんるいもいろいろあそかたかんがえるが、矢張やはしん興味きょうみは、すこしでも人間にんげん小細工こざいくとおざかって、すこしでも余計よけいに、天然てんねん造化ぞうかおおきな懐裡ふところなかはいってくことによりて見出みいださるるようだ。天然てんねんといい、造化ぞうかといい、ことごとかみ御経綸おしくみ具象化ぐしょうかしたものにほかならぬ。かみ大空おおぞらつくり、大地だいちつくり、其他そのた太陽たいよう太陰たいいん群星ぐんせいをはじめ、山川さんせん草木そうもく禽獣きんじゅう虫魚ちゅうぎょ春夏しゅんか秋冬しゅうとう風雨ふうう寒暑かんしょ、ありとあらゆるものを創造そうぞうし、組織そしきして一だい連関れんかん運動うんどう開始かいしされ、吾々われわれ人類じんるいにもまたそのうちの一機関きかん分担ぶんたんせしめられてる。さればいうまでもなく、人類じんるい人類じんるい内部ないぶおいての一つの組織そしきてる必要ひつようはあるが、しかし人類じんるいをその周囲しゅういから全然ぜんぜん切離きりはなすということはとても出来できない。人間にんげん本位ほんいひとりよがりは、結局けっきょく宇宙うちゅう檜舞台ひのきぶたいちて活動かつどうする資格しかくのない、大根だいこん役者やくしゃのすることだ。人間にんげん内部ないぶだけでえらがり、つうがり、芸術げいじゅつがってたところが、その到達とうたつするところ多寡たかれたものだ。悠然ゆうぜんとして南山なんざんたり、下蔭したかげ宿やどとしたりするほうが、まだ余程よほどいてる。さらいまも二も百すすんで、大宇宙だいうちゅう大自然だいしぜん融合ゆうごうし、黙契もくけいし、かみためはたらきもするが、またかみもたれて保養ほようもさせてもらうのでなければ、どうも本当ほんとうではないようだ。無暗むやみ安楽あんらくばかりをこいねがうのは我侭わがままぎるが、矢鱈やたら難行なんぎょう苦行くぎょうばかりするのもまたヒネクレぎる。英雄えいゆうこうべをめぐらせばこれ神仙しんせんと、だれやらがったそうであるが、まァそのへんところでやってけばほぼよかりそうだ。かくもこのあいだまでの新兵しんぺいさん、北桑田きたくわたやまなかですっかり仙人せんにん気取きどりになってしまった。

 ものの十ちょうったころあとからかご脊負せおっていかけておんながあった。よくると昨日きのうった信者しんじゃ妻君さいくんであった。

先生せんせいはんに差上さしあげたいとおもいまして、松茸まつたけめしきましたが、いま出立たちになったとききましたので、びっくりして、いそいでってまいりました。何卒どうぞみなさんお召上めしあがっていただきます』

おおきにこれは』

先生せんせいその厚意こういしゃし、

何所どこ場所ばしょはないかナ、山道やまみちあるいてたので大分だいぶんなかいてた』

『ありますあります。モウ一寸ちょっとくと誂向あつらえむきの場所ばしょがあります』

 一二ちょうダラダラさかのぼってくと、ほどあつらきの場所ばしょがあった。恰度ちょうどとうげ絶頂ぜっちょうで、うまのようなところくさがぎッしりきつめてあり、一ぽん野生やせいかき老木ろうぼくには、あか鈴生すずなりになってた。ひとみをあぐれば、行手ゆくてには周山しゅうさんほう比較的ひかくてきひろたにひらけて、人家じんかがぼツぼツえる。

 自分達じぶんたちおもおもいに適宜てきぎ場所ばしょ陣取じんどって、松茸まつたけめし御馳走ごちそうあずかったが、さけまてえてある田舎いなかひとこころづくしの難有ありがたさ、おまけにポカポカする日光にっこういろづきそめた櫨紅葉はぜもみじ、こんもり[#「こんもり」に傍点]とせる杉林すぎばやし鮮麗せんれい無比むひ秋草あきぐさはなったあきやま空気くうき……。

『まるで極楽ごくらくや』

 などと大阪おおさかそだちの星田ほしださんは、恍惚うっとりとしてしまう。

人間にんげん生涯しょうがいわからんもんどすナ』

と、出口でぐち先生せんせいもしみじみ自分じぶんむかって、

『ハイカラな学問がくもんをして、ハイカラな場所ばしょんで浅野あさのさんが、夫婦ふうふそろって斯様こんな連中れんちゅう斯様こんなやまなかあるきまわるなどは、まるでゆめたようなものですナ』

まったゆめのようですネ』

 なにもせずに五分間ふんかんられぬ出口でぐち先生せんせいは、人々ひとびとやすんでに、かきのぼって、熟柿じゅくし幾箇いくつって、

『さァ一ツおあがりやす』

などとすすめたりした。

 一どうかおいろまで紅葉もみじをさせて、夕陽ゆうひびつつ周山しゅうさん吉田よしだてい辿たどりついたのは、かれこれ夕暮ゆうぐれちかころであった。


前へ

目  次

次へ


心霊図書館: 連絡先