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〔四〕 秋の丹波

(三)


今年ことしはみっしりくりなりとべましょうよ。折角せっかく丹波たんば引越ひきこしてたのですもの……』

 んな動議どうぎつまくちから提出ていしゅつされる。

べくおおきいのがい。半分はんぶんっておなかが一パイになるようなやつはないかしら……』

『まさか』

 かくおや子供こども丹波たんば以上いじょう丹波たんばくりわねば義理ぎりまぬようながして、精出せいだしてくりしたしんだ。いたりゆでたり、栗飯くりめしにしたり、金糖きんとんにしたり……。あきあいだっただけではらぬとえ、一か二ほどすな埋蔵いけはるまでしたりした。

 丹波たんばあき人間にんげん胃袋いぶくろ却々なかなかいそがしい。モ一つほか大事だいじ食料しょくりょうがあった。かきくり少々しょうしょう下品げひんで、したさきよろこばせるだけだが、これはずっと上品じょうひんで、霊的れいてきで、あじよりは香気こうき取柄とりえだ。いうまでもなくそれは松茸まつたけだ。

『よい松茸まつたけがあります。うておんなはれ』

 矢張やはりこれも山奥やまおくほうからさかんにしてて、もんはいってりにる。

松茸まつたけがあるなどとわんかて、そのにほいわかってるじゃないか』

ってやりたいくらい、十けんきからその香気こうきはなく。

 綾部あやべても芳烈ほうれつ松茸まつたけあくことは出来できるが、しかし綾部あやべては松茸まつたけりの興味きょうみほしいままにすることだけは出来できない。松茸まつたけ真価しんかは、これうことによっては勿論もちろんわからず、ぐことによりてさえまだ十ぶんわからない。ただこれ枯葉かれはしたからさぐすことによりてのみはじめてわかるものらしい。ここらが松茸まつたけ有難ありがたいところかもれない。

今年ことし是非ぜひ先生せんせいしょ松茸まつたけりにてください。その準備じゅんびがしてありますから』

 北桑田きたくわたまきさんからの懇切こんせつ勧誘かんゆうがあった。自分じぶん関東かんとうにばかりんでたので、まだ松茸まつたけりというものをことがない。是非ぜひはというねんが、むらむらとむねそこかんでもない。出口でぐち先生せんせいまた

今年ことしは一ぺんずッと北桑田きたくわたまわってましょうかい。夫婦ふうふれて出掛でかましょう』

 相談そうだんはとうとうまとまった。同勢どうせい出口でぐち先生せんせい御夫婦ごふうふに、自分じぶん夫婦ふうふ星田ほしだ福島ふくしまりょう女史じょしなどという連中れんちゅうで十がつの十四綾部あやべ出発しゅっぱつした。

 汽車きしゃ殿田とのだまでって、それから徒歩とほ宇津うつ湯浅ゆあささんの本宅ほんたくむかったが、ほど北桑田きたくわた丹波たんばなか丹波たんばわるる地方ちほうだけあって、却々なかなか山奥やまおくだ。就中なかんずく宇津うつというむらは、何処どこるのにもとうげばかり、くるまおろか、うまとおらないような山里やまざとだ。斯麼こんな不便ふべんところ人里ひとざとがあるさえ不思議ふしぎおもわるるのに、そのなかから大本おおもと創業そうぎょう時代じだい中心ちゅうしん人物じんぶつたというにいたっては、たしかに奇蹟きせきちゅう奇蹟きせきたるをうしなわない。

 湯浅ゆあささんがはじめて出口でぐち先生せんせいったのは、明治めいじ四十二年頃ねんごろことらしい。自分じぶんいまここにその不思議ふしぎなる入信にゅうしん径路けいろいていとまはないが、じつ教訓きょうくんんだ、面白おもしろ挿話そうわ沢山たくさんってる。わけてもその二番目ばんめおとこけんちゃんがうらいけちて、絶息ぜっそくして二時間じかんばかりも経過けいかしたとき、一つぶのお護付ひねりによりて、たちま蘇生そせいした実話じつわなどは、たしか何人なんびとをも感動かんどうせしむるに相違そういない。かくかる浮世うきよはなれた地方ちほうみて、裕福ゆうふく生計くらしをしてたものが、一眷族けんぞくこぞって綾部あやべうつり、専念せんねんかみ奉仕ほうしするにいたった裏面りめんには、容易よういならぬふか因縁いんねん来歴らいれきがなければならぬことは、うまでもあるまい。

 上下じょうか余丁よちょうもある峠路とうげみちに一どうみなあせみづくとなり、くれいろ夕餐ゆうげけむりとがけじめもなくまじりかけた時分じぶんに、ようや宇津うつさといた。

 このへん往年おうねん大本おおもと地盤じばん開拓かいたくために、出口でぐち先生せんせい幾度いくどとなく往来おうらい践渉ぼっしょうされた地方ちほうのこととて、一そうぼくみな先生せんせい記憶きおく感興かんきょうとを喚起かんきするのたねならぬはなく、みちすがられい快活かいかつにして滑稽こっけいなる思出おもいでがたりに、山坂やまさかけわしさもわすれさせてもらったのであった。

 宇津うつ人家じんか二三十もあるであろう。八幡宮まんぐう鬱蒼うっそうたる森林しんりんは、いま自分じぶんうちのこってる。其所そこからやくちょうみち左手ゆんでおおきなかまえがある。それが湯浅ゆあささんの本宅ほんたくであった。そのころ湯浅ゆあささんは老父母ろうふぼ二人ふたりのみをここのこして、自分達じぶんたち夫婦ふうふ綾部あやべんでるのであったが、今日きょうはわざわざ一こう歓待かんたいすべく綾部あやべからもどってた。

 裏手うらてまわってるとかき大木たいぼくがあって、ぎッしりばんだけてた。このかきわき天然てんねん清水しみずたたえたいけがあったが、このいけこそれいけんちゃんが先年せんねんおぼれたいけであったそうな。そんなはなしるやらずや、当時とうじ十二三になってけんちゃんは、屋根やねあがって竹捧たけぼう柿実かきおとし、おおきなかご山盛やまもりにして、しきり自分達じぶんたちすすめるのであった。


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