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〔四〕 秋の丹波

(二)


 十箇月かげつあいだかみ荒療治あらりょうじわされた新兵しんぺいさんは、あきって煙草たばこぷくむべき休養きゅうよう期間きかんあたえられた。相当そうとう修行者しゅぎょうしゃもあり、またかねばならぬ原稿げんこうもあったが、これまでのようにてられるような、ソワソワしたことはなくなった。

 丹波たんばあきまたあくまでもこの新兵しんぺいさんをもてなすべく、あらゆる御馳走ごちそうならててれた。有形ゆうけい無形むけいくちに、に、こころに、とりどりに慰安いあんりょうそろえてれた。

 いえやしきともあわせてたった六百えんった並松なみまつわび住居ずまいも、なつまでに大工だいく左官さかんや、植木屋うえきや土方どかたなどをれて、修復しゅうふく模様もようがえをしてると、中々なかなか見縊みくびったものではなくなった。門前もんぜんとお近在きんざい人々ひとびとは、

なんとまァ結構けっこうなお住居すまいや、斯麼こんな景色けいしょく見乍みながら、斯麼こんな家屋うちんだら、さぞ気持きもちじゃろ』

 などとめてれるものもすくなくなかった。実際じっさい往来おうらいから植込うえこみをとおしてあげた様子ようすは、貧乏びんぼう別荘べっそうぐらいめぬでもなかった。

 やしきひろさはやく二百つぼばかりうら野茶畑やさいばたけになってり、がけふもとからは清冽きれいみずいて天然てんねんいけつくり、もんまえには小川おがわながれてもっ大根だいこん午蒡ごぼうあらうべしであった。たい大神様おおかみさまなり、御先祖ごせんぞ国常立尊くにとこたちのみことさまなりのおみやが、まだ出来できてもらぬときに、あかだらけの新兵しんぺいさんの住居すまいとしては、勿体もったいなさぎるくらいであった。

 やしきうちにはかきが四ほんえてた。あま老木おいきでもないが、なつはコンモリとみどりかげつくって、日光にっこうさえぎり、なによりも有難ありがたいものになってたが、やがてあきになってがついてると、そのうちの三ぼんには、えだたわむほど、ぎッしり見事みごとってたではないか。

 柿実かき退うて段々だんだんおおきくなり、段々だんだんいろがつき、九がつすえごろにはそろそろあまいのが出来できた。丹波たんばあき御馳走ごちそうめはまず自邸うちかきからはじまった。これには新兵しんぺい親達おやたちよろこんで舌鼓したつづみったが、新兵しんぺいよろこかたまた格別かくべつであった。汁気つゆけおおい、甘味あまみつよい、そして却々なかなか大粒おおつぶの、実際じっさい品質たちわるいというよりも、自分じぶんうち柿実かきるというのが、非常ひじょうよろこび、非常ひじょうほこり、非常ひじょう満足まんぞくたねであった。ひまがあるとしん三郎さぶ竹棒たけぼうにして樹上じゅじょうのぞく。

彼奴あいつはきッとあまくなってる』

しぶいとつまらないから明日あしたまでとう』

 少々しょうしょううたがいがあると、子供達こどもたちはよく木登きのぼりをして点検てんけんする。つめ一寸ちょっときずつけてて、

『まだチトしぶい』

 などとう。ってなかで、三ぶんの一か五ぶんの一は、いつしか爪痕つめあといてしまった。

 この前後ぜんごから門前もんぜんをば柿売かきうりがッきりなしにとおるようになった。野田のだ須知山すちやま方面ほうめん農家のうかじいさんや家婦かみさんなどが、自分じぶんやまのをもぎっていちりにるのだ。かきは一ねんきに、あたはずれがあるものだそうたが、大正たいしょうねん丁度ちょうどあたどしであった。

『一貫目かんめばかりいかがですな。おたくのよりはこのほう品質しな上等じょうとうどす。おやすうしてきますさかい、っておンなはれ』

 一貫目かんめすうつぶなりそろったところで、四十か五十かにのぼる。そしてその値段ねだんはといえば十二せんか十五せんくらいだ。ほか品物しなものは、綾部あやべかならずしもやすくないそうだが、たしかに柿実かきだけはおどろくべくやすかった。やすいものの双璧そうへきは、けだ自分じぶん邸宅やしきの六百えんと、一貫目かんめ柿実かきの十二せんであったろう。

 もっともこれは大正たいしょう五六年頃ねんごろはなしだ、現在げんざいはそうはかない。綾部あやべ人士じんしけっして無慾むよく善人ぜんにんばかりではない。大本おおもと神諭しんゆには『悪道あくどう鬼村おにむら』とあるが、あるいはそうかもれない。自分じぶん引越ひきこしたころは、一ぷうかわった気紛きまぐものくらいかんがえてたらしいが、段々だんだん大本おおもとひとあつまるとると、御遠慮ごえんりょなしに地価ちか其他そのたはじめた。一つぼせいぜい二三えんであった地所じしょが、五えんとなり、十えんとなり、二十えんとなり、足許あしもとでもると、五十えんだの、百えんだのとっかける。今日こんにちでは却々なかなかやすいどころではなくなった。綾部あやべやす地所じしょと、それから柿実かきとをおうとするのには、時期じきが五ねんばかおくれたようだ。

おしいことをしたものです』などと自分じぶんはよく戯談じょうだんをいう。

 しかし丹波たんば柿実かき天下てんか名物めいぶつというほどではない。やすだけあじ広島ひろしま鳥取とっとり柿実かきにはおよばない。矢張やはここ意張いばれるのは、そのにもしめごと丹波たんばぐりだ。これをるものがまた門前もんぜんとおとおる。値段ねだんわすれてしまったがやすかったことだけ記憶きおくしてる。今頃いまごろ大本おおもとはなしをきいて綾部あやべへやってたとて、彼麼あんなやすくりわれませぬ。くりきのひとりては、まこと残念ざんねんなことをしたものだ。


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