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〔四〕 秋の丹波

(一)


 いまからりかえってかんがえてると、自分じぶん大正たいしょうねんふゆはじめに綾部あやべ引越ひきこしてから、翌年よくねんがついたる十箇月間かげつかんは、だい新兵しんぺい教育きょういく時代じだいとでもいうべきものであったらしい。神様かみさまおもってあら療治りょうじをしてくだすった。矢継やつぎばや事件じけん突発とっぱつして、ノベツまくなしにまわしつづけ、かんがえてひまなにもない。く、しゃべる、鎮魂ちんこんする、失策しくじる、さわぐ、ぬ、いきる、る、もどる……。まるきり五霧中むちゅうに十箇月かげつすごしてしまった。けばおのずか順序じゅんじょち、また日常にちじょう些末さまつ事柄ことがらはぶかれるので、左程さほどでもなくゆるが、実際じっさいってには、却々なかなかいそがしいことで十箇年かねんぶんを十箇月かげつあいだに、圧搾あっさくしたような生活せいかつぶりであった。

 おかげ在来ざいらい娑婆しゃばくさい、コセコセした、主我的しゅがてき悪習慣あくしゅうかんいくらかけてった。かみさまから御覧ごらんになれば、まだまだあかだらけの駄々だだとしかえぬに相違そういないが、一ぱん世間せけんのヤリかたとはまるで筋道すじみちをかえて大本式おおもとしき呼吸こきゅうが、不知しらず不識しらずあいだに、すこしは感得かんとくされたようにおもわれぬでもなかった。大本おおもと生活せいかつもドウセ一ねんや二ねんではうまにははいらぬが、かく世界中せかいじゅう大本おおもとぐらい霊肉れいにくきよめて修行場しゅぎょうばは、二つとはいとおもう。いやしくも、この大転換期だいてんかんきおいて、しん意義いぎある仕事しごとをしようとおもうなら、一ぺん大本おおもとはいってどろと、あせと、と、なみだとの洗礼せんれいけることが、絶対的ぜったいてき必要ひつよう条件じょうけんであるようだ。

 神様かみさまつね阿呆あほうになれ、うま赤児あかごうぶこころになれとおしえらるる。あじわってると斯麼こんな痛切つうせつ箴言しんげんはないようだ。現代げんだい人士じんし通弊つうへいは、あまりにさかり、あまりに大家たいかることである。なに問題もんだいおこごとに、ただち意見いけん感想かんそう吐露とろる。自身じしんにはとてもわかりもせず、またれもせぬことを、臆面おくめんもなく人前ひとまえならてる。この悪癖あくへき打破だはが一と仕事しごとだ。ギューのところまで、神様かみさまからしつけられでもせねば、とてもこのくせはやまりはせぬ。大本おおもとでは真先まっさきにこの修行しゅぎょうをさせられる。矢張やは高天原たかまがはらわるるだけのことがある。

 この数年すうねん以来いらい大本おおもとけたかずある非難ひなんうちの一つは、綾部あやべ生活せいかつ不生産的ふせいさんてき穀潰ごくつぶてきなことだ。なかはたらかせれば、立派りっぱやく屈強くっきょうざかりのおとこおんなが、綾部あやべ引越ひきこして神様かみさまイジリは、もってのほか不心得ふこころえだ。そんな不生産的ふせいさんてき人間にんげんばかり出来できたら、什麼どうして国家こっか維持いじ出来できるかというのだ。

 至極しごく御尤ごもっとも千ばんなお悧巧りこうもののなさる議論ぎろんだが、一かわいてその裡面りめんると、くさったはらわたにおい紛々ふんぷんとしてはなくようだ。るべくらく仕事しごとがしたい。神業しんぎょう直接ちょくせつ関係かんけいのない現在げんざい職業しょくぎょう現在げんざい地位ちい現在げんざい収入しゅうにゅうからすべちずに、このまま権妻ごんさい地位ちいからズルズルベッタリ、正妻せいさい資格しかくりかえたいという、むしよいかんがえのあるデモ信者しんじゃなどにかぎって、よく斯麼こんな文句もんくならべるらしい。

 一ねんや三ねんや五ねんくらい不生産的ふせいさんてき綾部あやべ生活せいかつは、大局たいきょくからるとけっしてうにりない。準備じゅんびし、薫陶くんとうしに、水晶すいしょう身魂みたまになれるなら、それにした結構けっこうことはないが、実際じっさい到底とうてい出来できない相談そうだんだ。この筆法ひっぽうくなら、学校がっこう生活せいかつ不生産的ふせいさんてきであり、軍隊ぐんたい教育きょういくまた不生産的ふせいさんてきではないか。それどころではない、あかぼう時代じだい小児しょうに時代じだい未成年みせいねん時代じだい不生産的ふせいさんてきだから中止ちゅうしする必要ひつようがあるではないか。尺蠖しゃくとりくっするはびんがめ、暫時ざんじ雌伏しふく時代じだいは、のち大飛躍だいひやく確実かくじつ堅固けんご素地そちきずげるめだ。んなはらそこまで見透みすかされるような囈言たわごとならべて、神様かみさまから愛想あいそうかされぬうちに、神州しんしゅう清潔せいけつたみよ、奮起ふんきしてかみ修行しゅぎょう真味しんみめよだ。

 これようするに、綾部あやべ大本おおもと神界しんかいから設置せっちされた修行場しゅぎょうば身魂みたまみがきの道場どうじょうだ。したがってここるものは、何等なんら註文ちゅうもんがあってはならぬ。綾部あやべ飛行機ひこうきばず、また地震じしんもない安全あんぜん地帯ちたいだからむのによいだの、生活費せいかつひやすいから移住いじゅうしようだのというものがあらば、それこそんだ心得こころえちがいだ。いわんやなかめしそこねた落伍者らくごしゃが、かみをダシに使つかって生活せいかつ安定あんていようだの、地位ちいにありつきたいだの、金儲かねもうけの材料ざいりょうにしようだのと、目的もくてきてて乗込のりこんでるにいたっては、それこそ不心得ふこころえ極点きょくてん罰当ばちあたりの頂上ちょうじょうたん不生産的ふせいさんてきどころのはなしではない。

 近頃ちかごろ修行者しゅぎょうしゃすうえ、また大本おおもと仕事しごと複雑ふくざつになりつつあるので、亀岡かめおか大本おおもと大道場だいどうじょうもうけられ、此処ここでも独特どくとくきた教育きょういく実施じっしされつつあるが、亀岡かめおかにしろ、綾部あやべにしろ、修行しゅぎょうひと余程よほど覚悟かくご決心けっしん必要ひつようとする。そして一たん此処ここ浮世うきよ塵芥ちりあくたはらきよめてもらったあか$つきには、つね神命しんめいのまにまに、何処どこへでもき、何事なにごとでもせぬという、素直すなおで、無慾むよくで、そしてまつみどりかわらない心掛こころがけがなければならぬ。

 れいによってふではあらぬ方角ほうがくはしってった。自分じぶんはこれから大正たいしょうねんあき丹波たんばおもかたらねばならぬ。


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