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〔三〕 東のぼり

(五)


 一たん盲腸炎もうちょうえん失敗しっぱいした悪霊あくれいが、ふたた秋山あきやまさん自身じしん捕虜ほりょにすべく計画けいかくし、とうとうこれ成功せいこうして致命傷ちめいしょうにひとしき大打撃だいだげきあたえた手際てぎわは、じつ悪辣あくらつおうか巧妙こうみょうおうか、驚嘆きょうたんするにあまりあるものがあった。

 秋山あきやまさんは、先日せんじつ綾部あやべからかえるとともに、皇道こうどう大本おおもと存在そんざい使命しめいとの大体だいたいりあえず、日本にほん要所ようしょ要所ようしょらせるのをもって、焦眉しょうび急務きゅうむかんじ、これめにはわざわざ大正たいしょう年度ねんど前半期ぜんはんきの「神霊界しんれいかい合本ごうほんを五六用意よういしてあった。当時とうじ大本おおもと神諭しんゆせっしたり、大本おおもと沿革えんかくしらべたりすべき参考書さんこうしょは、「神霊界しんれいかい以外いがいに一さつもなかったのである。

 自分じぶん到著とうちゃくしてからもなく、秋山あきやまさんは早速さっそくその意図いと自分じぶん相談そうだんおよんだ。無論むろん自分じぶんもこれに賛成さんせいはしたが、しかしるべき方法ほうほうきては、多少たしょう意見いけん相違そういがあった。あせ気味きみ秋山あきやまさんは、自分じぶん同行どうこうすすめるのであったが、自分じぶんはそれにしたがわなかった。

『どうも先方せんぽうからの請待しょうたいなしに、わたし自身じしん出掛でかけるのは不穏当ふおんとうおもいます。りにはってくださるなのお筆先ふでさきどおり、わたしあくまで受身うけみになってようと覚悟かくごしてます。んだかもどかしいがいたかたがありません』

『それならわたし一人ひとり出掛でかけてもよいが』

秋山あきやまさんは少時しばらくかんがえたうえで、

矢張やはり二ほう都合つごうのよいこともありますな。よしよし香森かもりくんってもらいましょう。自動車じどうしゃきしくんのをりることにする……』

 早速さっそく香森かもりさんはばれた。香森かもりさんは用心ようじんぶかひとなので、多少たしょう躊躇ちゅうちょ気味きみであったが、秋山あきやまさんはこれ拒絶きょぜつすべき余地よちあたえなかった。

説明せつめいぼくがやります。貴下あなたはただ一しょってくれればそれで結構けっこうです。早速さっそく出掛でかけましょう。るべくはやほうがよい』

 たしか六がつの二十二にちであったと記憶きおくする。秋山あきやまさんは軍服ぐんぷく姿すがた香森かもりさんは羽織はおりはかまで、きしさんの自動車じどうしゃって、某々ぼうぼう顕官けんかん訪問ほうもんすべく、いきおいよく秋山あきやまてい出発しゅっぱつした。

 二三時間じかんのち二人ふたりかえってたので、その報告ほうこくをきくべく自分じぶんたちおくの、紫檀したんおお卓子テーブルかこんですわった。

『いかがでした?』

自分じぶんうながすと、香森かもりさんが受取うけとって、

『イヤはげしいはげしい! わたしわきでハラハラしながいてましたが、おどろいたのは秋山あきやまさんの猛烈もうれつ予言よげん!』

『ナニ予言よげん! 什麼どんなこといました』

自分じぶん気味ぎみになってたずねた。

『イヤなにもなかったのですがネ』

秋山あきやまさんはれいするどかがやかしながら、

 一しょう懸命けんめい大本おおもとこと喋舌しゃべってうちに、自然しぜんはらからしてしまったのです。おさえることもなに出来できはしません。かみさまがわしたのだとわたししんじます』

 秋山あきやまさんのくちから自然しぜんした予言よげんというのは、そのつきの二十六にちに、東京とうきょう大地震おおじしんおこるというのであった。自分じぶんこれをきいたときに、ただち横須賀よこすかける宮澤みやざわくんのヴェルダン陥落かんらく予言よげんおもした。

んだことをしてれたものだ』

おもったが、あとまつりいまさらいかんともするによしもない。

 秋山あきやまさん自身じしんはとると、御当人ごとうにんは二十六にち東京とうきょう大地震おおじしん確信かくしんってた。現在げんざい自分じぶんならば言下げんかこれ否定ひていしたであろうが、当時とうじ自分じぶんにはまだ経験けいけんりなかった。宮澤みやざわくん予言よげんはずれたが、秋山あきやまさんの予言よげんことによるとあたるかもれぬくらい未練みれんってた。かくぺん秋山あきやまさんを鎮魂ちんこんしてその憑霊ひょうれいしらべてようとおもったが、秋山あきやまさんはその余裕よゆうあたえず、またもそのあしで××××のお邸宅やしき参向さんこうした。ここでも皇道こうどう大本おおもと説明せつめいともに、れい東京とうきょう大地震おおじしんせつ発表はっぴょうしたらしい。

 当時とうじこと回顧かいこするごとに、自分じぶん遺憾いかんばんかんえぬ。秋山あきやまさん自分じしん悪霊あくれいのオモチャになったばかりでなく、自分じぶんまた悪霊あくれいからきょかれた。大本おおもと神諭しんゆらぬ予言よげんなどに、絶対ぜったい正確せいかくなものは一つもないことを、万々ばんばん承知しょうちしてはずでありながら、矢張やは断乎だんこたる処置しょちずに、優柔ゆうじゅう不断ふだん態度たいどぎた。

 自分じぶん秋山あきやまさんを鎮魂ちんこんして、憑霊ひょうれいしらべにかかったのは、このことおこった翌日よくじつであった。そのときはじめて自分じぶんこえはげまして憑霊ひょうれい叱咤しったしたが、おしかな秋山あきやまさんはモウすッかり悪霊あくれい捕虜ほりょになりってしまい、その正神せいしんなることを否定ひていせんとする自分じぶんたいして不信認ふしんにんひょうした。

 悪霊あくれいほうでは何処どこまでも妨害ぼうがいをゆるめず、秋山あきやま夫人ふじん狂乱きょうらん状態じょうたいは、この時分じぶんから一そう猛烈もうれつくわえた。自分じぶん最初さいしょあいだ出来できかぎ温言おんげんもてなだめることのみつとめてたが、とうとう最後さいご鎮魂ちんこんときには、その憑霊ひょうれいたいして呶鳴どなりつけてやった。

莫迦ばかッ、しずまれ! はや改心かいしんせんか』

 生憎あいにく秋山あきやまさんはこれ物蔭ものかげからいてた。そして自分じぶん夫人ふじん自身じしんしかったものと誤解ごかいした。ドウもこのときから秋山あきやまさんは一そう自分じぶんたいして、不平ふへい不満ふまんねんいだはじめたようだ。


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