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〔三〕 東のぼり

(二)


 六がつ二十一にち午前ごぜん東京とうきょう停車場ていしゃじょう下車げしゃした三にんれのおとこがあった。いずれも和服わふくはかま穿いてるのは格別かくべつ常人じ ょうにんことなったてんはないが、ただ現代げんだいばなれのしてるのはそのうちの二頭髪とうはつであった。

 一はチョコッとチョンまげのようなものをたばね、の一えりぼっするまでびたかみのモジャモジャをふせぐべく、細紐ほそひも鉢巻はちまきをしてる。近頃ちかごろではあまめずらしくもないが、当時とうじはたしかに東京とうきょう停車場ていしゃじょうはじまって以来いらい珍客ちんかくであったに相違そういない。いうまでもなく、これは神命しんめいによりて東上とうじょうした自分じぶんたちの一こうであった。細紐ほそひも鉢巻はちまきおとこ当時とうじ自分じぶん、チョンまげ役員やくいん秋岡あきおかさん、またの一れい篠原しのはら海軍かいぐん大尉たいいであった。

 篠原しのはらくんはそのころ不相変あいかわらず肝川きもかわ龍神りようじん神懸かみがかりになやまされてた。余程よほどマメなかみさんで、ノベツに発動はつどうして、そして勝手かって篠原しのはらくんいこくった。なにしろ急所きゅうしょ睾丸こうがんをつかまえて諾応いやおうなしに号令ごうれいをかけるのだからたまらない。一肝川きもかわひきずりされてやまなかあるかせられ、また東京とうきょう横須賀よこすか横浜よこはまとうのまわるような速力そくりょくりまわされた。今度こんど自分じぶんがいよいよ東京とうきょうきとまると、まだだれみみにもれぬきに、早速さっそく

篠原しのはらなんじ今度こんど浅野あさのいて東京とうきょうくのだ』

はらそこから呶鳴どなったそうだ。かみさん同志どうしあいだには相談そうだんづくの仕事しごとであろうが、人間にんげんほうにはいかにも唐突だしぬけはなしで、自分じぶん意外いがいなれば篠原しのはらくん不意打ふいうちなになにやら薩張さっぱわからずに相連あいつって出発しゅっぱつしたのであった。

 秋山あきやまさんの居宅きょたくは四信濃町しなのちょうにあった。数日前すうじつぜん綾部あやべからもどったばかりの主人公しゅじんこう玄関げんかんでて、

『イヤーよくらっしゃい。三にんそろいですか。サア万望どうか此方こちらへ……』

 秋山あきやまさんは早速さっそくじょう一と形附かたづけて、自分じぶんたち居室きょしつあてれた。

じつ自分じぶん心細こころぼそおもってところです。これでおもって仕事しごとがやれます。家内かない病気びょうきているので、おかまいすることは出来できませんが、まァ辛抱しんぼうしてください』

 ひとりでんで、大変たいへん心易こころやす歓待かんたいしてれたのははなはうれしかった。

 秋山あきやまさんは、もとから敬神けいしん念慮ねんりょふかかったひとほどあって、その奥座敷おくざしきには神棚かみだなもうけて、大神宮だいじんぐうさまをおまつりしてあったのは結構けっこうであったが、意外いがいかんじたのは、同一おなじ神棚かみだなの一ぽうに、あるお稲荷いなりさんのほこらまつってあったことであった。

んなことをしていていいのかしら。なに面倒めんどうことおこらなければよいが……』

 それを一けんすると同時どうじに、自分じぶんむねにはくらかげすのをきんずることが出来できなかった。大本おおもと幾多いくた霊的れいてき調査ちょうさ結果けっか段々だんだん自分じぶんわかりかけたことであるが、にもおそるべきは迷信めいしんわざわいである。現代げんだい人士じんし迷信めいしんについて正確せいかくなる観念かんねんがないようだ。迷信めいしんとは所謂いわゆるいはしあたま信心しんじんからしきに、もない空虚くうきょなものを有難ありがたがることかのごとおおくのひとおもうが、けっしてそうではないようだ。空虚くうきょなものを難有ありがたがるのは莫迦ばからしいだけで、さしたる弊害へいがいはない。しんおそるべき迷信めいしんは、邪神じゃしん邪霊じゃれい訴願きがんをかけ、らずらずのうちにその捕虜ほりょになってしまことだ。その弊害へいがいじつおおきい。一たん彼等かれら関係かんけいをつけたが最後さいご、一しゅくさえんつくることになり、たとえばアバズレおんなっかかったごと容易よういがきれない。一寸ちょっとした御利益ごりゃくられても、その損害そんがいいたりてはこれいく十百ばいするかれない。それがひと自己じこ生前せいぜんかぎらず、いては子孫しそんおよび、また死後しご霊魂れいこんにもおよぶのであるからじつにヤリれない。就中なかんずくもっと始末しまつにいけぬのは、よくふかくして沢山たくさんのヤクザかみ信心しんじんすることである。ヤクザかみとヤクザかみとのあいだ暗闘あんとうおこり、結局けっきょくひどいうのはいつも信仰者しんこうしゃ自身じしんである。一けんとくなような、斯麼こんなおろかな、わりわることはない。けだしこんなのが迷信中めいしんちう大関おおぜきである。

 自分じぶん秋山あきやまさんにたいして心配しんぱいしたことは、不幸ふこうにして次第しだい次第しだい事実じじつうえ証明しょうめいされてった。秋山あきやまさんほどのひとが、什麼どうして迷信めいしん遍歴者へんれきしゃ仲間なかまくわわったか、おしみてもくやみてもあまりあることと自分じぶんいま衷心ちゅうしんから残念ざんねんでたまらない。最後さいごようや綾部あやべただしい信仰しんこう辿たどりついたのは、流石さすが凡俗ぼんぞくくわだおよがたてんではあったが、以前いぜん信心しんじん関係かんけいるいおよぼし、無残むざんなる悪霊あくれい妨害ばうがい運動うんどうい、あたら九じんこうを一いてしまった。自分じぶんどくじつこれふでにするにしのびないがするが、秋山あきやまさんと大本おおもと信仰しんこうについては、天下てんか誤解ごかいじつふかいようであるから、これから差支さしつかえなきかぎりその真相しんそうつたえてくのが、故人こじん霊魂れいこんたいしても正当せいとう処置しょちであろうとおもう。

 秋山あきやまおおえる霊的れいてき暗雲あんうんにつきて、自分じぶんがかりをたのは、その夫人ふじん鎮魂ちんこんからであった。夫人ふじんながあいだみちなやんで臥耨がじょくしてたが、秋山あきやまさんは早速さっそく自分じぶんむかって、

家内かないを一ぺん鎮魂ちんこんしてやってください』

せまった。自分じぶん何気なにげなく夫人ふじん病室びょうしつとおった。


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