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〔三〕 東のぼり

(一)


ちかうちひがしほうかねばならぬようだ』

 斯麼こんなかんがえが、自分じぶんむねおくおくほうきざしかけたのは、五がつすえか、ただしは六がつはじめからのことであった。そのかんがえはいかにもめのない、かげまぼろしのようなもので、何等なんらつかまえどころとてはなかった。『何故なぜ?』『何時いつ?』などとわれても、とても返事へんじ出来できない。ただ其麼そんながする。むしらせるともいうべきものにぎなかった。無論むろんつまむかってさえ打明うちあけはしなかった。

 自分じぶん理性りせい自分じぶん常識じょうしきは、ごうひがしそらしたうてはなかった。ほど自分じぶんひがしうまれれ、ひがしみ、趣味しゅみ感情かんじょう気分きぶん習慣しゅうかんすえいたるまで、什麼どうしても関東かんとうしゅうまぬがれない。またいたるちちははみなひがしる。が、自分じぶん最近さいきんひがしのすべてのものにそむいて、奮然ふんぜんとして西にしそら引移ひきうつってたのである。一すんむしにも五たましい、ただでひがしにはきたくない。

関東かんとう人士じんし皇道こうどう大本おおもとおしえに、あたまをさげてからってやりたい』

 というのが、当時とうじ自分じぶんいつわらざる感情かんじょうであった。それにもかかわらずひがしほうかねばならぬという暗示あんじはいかにしてもえず、それが益々ますますつよくなってった。

 すると六がつ十四いたって、突如とつじょとして秋山あきやま眞之さねゆき少将しょうしょう綾部あやべあらわれた。

 秋山あきやまさんがはじめて参綾さんりょうしたのは、去年きょねんの十二がつ十四かぞえてれば恰度ちょうど半歳はんとしぶりの参綾さんりょうであった。秋山あきやまさんはこのはるから兎角とかく健康けんこうすぐれず、とうとうおも盲腸炎もうちょうえんかかって、一危篤きとくほうぜられたが、最近さいきんいたって不思議ふしぎなおり、数日前すうじつぜん退院たいいんしたばかりの病後びょうご身体からだであった。

 秋山あきやまさんはこの病気びょうきによりて、ますます神力しんりょく加護かごということ確信かくしんするようになってた。

ァに病気びょうきなどというものは、医者いしゃくすりなどでなおるものではありません。医者いしゃ通痢つうじのないのを大変たいへん心配しんぱいしてましたが、わたし千代殿ちよどのさんから頂戴ちょうだいしたお土米つちこめんで、これでかなら大丈夫だいじょうぶ多寡たかをくくってました。くすりなどはんだふうをしてててやりましたがネ……。ところが一昼夜ちゅうやたぬうち通痢つうじがついて、それきりなおってしまった。ころせばそんだとおもえば、かみさんがなおしてくださるものとえます』

 病後びょうご似合にあわず、却々なかなかおお元気げんきだい気焔きえんであった。そしておおしま神社じんしや境内けいだいえていちごなどをって、ムシャムシャったりなんかした。

斯麼こんなことをすると医者いしゃは、八かましいこといますがネ、ァに大丈夫だいじょうぶです』

 秋山あきやまさんは綾部あやべに二はくし、そのあいだ出口でぐち先生せんせい自分じぶん間断かんだんなく神霊しんれいじょう問題もんだい論議ろんぎした。また自分じぶん審神者さにわとして二三かい金龍きんりゅう殿でん鎮魂ちんこんしたが、はやくも言葉くちり、また霊眼れいがんひらけてた。秋山あきやまさんの大本おおもとたいする信仰しんこうは、このころけだ最高潮さいこうちょうたっしたときで、その言動げんどうほとん常識じょうしき範囲はんいだっする程度ていど白熱はくねつしてしまった。つね昂奮こうふんした口調くちょう惰気だき満々まんまんたる現代げんだい罵倒ばとうした。

世間せけんやつなんて仕方しかたがない。はや上流じょうりゅうから覚醒かくせいしてれんと、とても駄目だめだ。さいわい自分じぶんこの方面ほうめん便宜べんぎがある。これからおおい馬力ばりきしてやらなけりゃならん……』

 かかるときには、そのはやぶさごと爛々らんらんかがやいた。秋山あきやまさんは境遇きょうぐう境遇きょうぐうなので、自然しぜん社会しゃかい最高所さいこうしょしゅとしていた。一ぞくひっさげて笠置かさぎさんじた楠公なんこう誠忠せいちゅう意気いき――これは夢寐むびあいだにもその念頭ねんとうからえなかった。『乃公ないこうでずんば……』秋山あきやまさんはけっしてんなことをくちにするほど、軽々かるがるしいひとではなかったが、しかしこの抱負ほうふ片言へんげん隻語せきごうらつねにほのえた。

 自分じぶん秋山あきやまさんほど、かみ御一にんならび皇室こうしつおも人士じんしが、若干いくらもあるとはおもない。一歩せま険悪けんあく人心じんしん世界せかい危機ききとは、秋山あきやまさんのするど頭脳あたまわかぎるほどわかってた。それがあるだけ、秋山あきやまさんは心配しんぱいもしまた昂奮こうふんもした。ただ、凝乎じっとして普通ふつう軍務ぐんむふくしておくることは出来できない気分きぶんがした。ここ秋山あきやまさんさんの長所ちょうしょがあると同時どうじまた短所たんしょもあった。隠忍いんにん自重じちょうして時節じせつつということは、什麼どうしても出来できがらではなかった。

 秋山あきやまさんは、しきりに「神霊界しんれいかい」に発表はっぴょうしてある大本おおもと神諭しんゆんだ。明治めいじ二十五ねん以来いらい世界せかい人類じんるいくだされた、痛切つうせつ無比むひ警告けいこく犇々ひしひし秋山あきやまさんの頭脳ずのうみにみた。露骨ろこつにいうと少々しょうしょうそれがぎて、いささか調子ちょうしくるった気味きみがあった。大本おおもと神諭しんゆ眼目がんもく立替たてかえ各自かくじ改心かいしんとである。立替たてかえかみがやられるのであるから、人間にんげんはこのてんついてはただ成行なりゆきつのみだ。改心かいしん人間にんげんのせねばならぬことであるから、これはいくいそいでもあせってもかまわない。ようするに、ひとは一しん身魂みたまみがいて、こころしずかにかみ審判しんぱんてばよいのであるが、実際じっさいやってるとんな六ヶいことはない。大概たいがいひと身魂みたまみがくことをわすれて、立替たてかえということにのみ脳漿のうしゃうしぼる。秋山あきやまさんもこのてんについて程度ていどまで錯誤さくごおちいることをまぬがれなかった。

 十六にち綾部あやべしてかえるとき秋山あきやまさんは自分じぶんむかって、

東京とうきょうへおでのせつ是非ぜひわたしところってください』

ってかれたが、自分じぶん東京とうきょうよとの神命しんめいせっしたのは、それからたった三ばかりののちことであった。


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