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〔二〕 春から夏にかけて

(十)


 審神者さにわ請求せいきゅうもだしがたしとみとめらるるや、神界しんかいからはただち眷属けんぞく天狗てんぐさんと龍神りゅうじんさんとを、同時どうじ差向さしむけてくだすった。いましも山本やまもと大佐たいさ憑依ひょういせる豪傑ごうけつ天狗てんぐが、

『エーヤッ!』

掛声かけごえすさまじく、自分じぶんあたま目掛めがけて拳固げんころさんとせる一刹那せな突如とつじょとして左手ゆんてから突撃とつげきしたのは、おなじく天狗てんぐ天狗てんぐながら、大神おおかみさまの御眷族ごけんぞくとして、幽界ゆうかいにそのせつつある中峰なかみね天狗てんぐであった。おもいもかけぬ助太刀すけだちに、豪傑ごうけつ天狗てんぐいささおどろきあわてたものとえ、たちま自分じぶんてて鋒先ほこさきを其方そちらけた。

 二うちうちうとおももなく、右手めてほうからもまた一人ひとり天狗てんぐさんがあらわれて切先きっさきをけた。大抵たいていならば左右さゆう大敵たいてきけでひるむべきだが、山本やまもと大佐たいさ守護しゅご天狗てんぐは、余程よほどきかぬうでききとおぼしく、たちまこれともわたった。講釈師こうしゃくし文句もんくではないが、みぎあたり、ひだりてんじ、四十八畳敷じょうじき金龍殿きんりゅうでんけまわりつつ、死物狂しにものぐるいの奮闘ふんとうをつづけた。

 うなると自分じぶんほう呑気のんきなものだ。モウ身構みがまえの必要ひつようなにもない。すっかり鎮魂ちんこん姿勢しせいくずしてしまって、うでこまねいて、卍巴まんじともえみだるる三天狗てんぐたたかいを見物けんぶつするばかりであった。

 この格闘かくとうが一時間じかんってもおわらず、二時間じかんぎても引続ひきつづいたのは驚嘆きょうたんあまりあった。天狗てんぐさんの勢力せいりょく持続じぞくするのはまだよいとして、天狗てんぐさんに使つかわれて山本やまもと大佐たいさ体力たいりょくの、あくまで消耗しょうもう困憊こんぱいいろせなかったのは、ほとん不思議ふしぎなほどであった。二時間じかん以上いじょうわたりてんだ両手りょうて間断かんだんなくまわし、またおおきなこえ間断かんだんなく

『エーヤッ……』

呶鳴どなつづけた。自分じぶん過去かこねんあいだに、あれくらい根気こんきよく、ねばりづよく、抵抗ていこうこころみた天狗てんぐ人間にんげんとをたことがない。たしかに一ぽうゆうたるべき十ぶん素質そしつ具備ぐびしてるとおもった。

 しかし流石さすが豪傑ごうけつも、最後さいご龍神りゅうじんさんが加勢かせいはじめるにおよんで、とうとうかぶとぎかけた。時分じぶん見計みはかって龍神りゅうじんさんは、するすると相手あいて脚下きゃくかねらったのであった。

『ウワーッ!』

 大悲鳴だいひめいげて、山本やまもと大佐たいさ岩畳がんじょう肉体にくたいは、三じゃくばかりあがった。そして今迄いままで元気げんきたちませて、いかにも薄気味うすきみわるそうに、タジタジ後退あとすざりをはじめた。龍神りゅうじんさんは面白おもしろ半分はんぶんに、またもスルスル接近せっきんするので、そのたびごと山本やまもと大佐たいさ肉体にくたいは、何遍なんべんあがったかれぬ。

『ヒャーッ』

 最後さいごにはなさけないこえすようになった。うなっては最早もはや試合しあいどころではない。とうとう金龍殿きんりゅうでん右手みぎてすみ太鼓たいこそばに、ベタリとヘタって、しきり叩頭おじぎはじめた。

 自分じぶんは十ぶん豪傑ごうけつ天狗てんぐあぶらしぼってこうと決心けっしんし、すわったままでびつけた。

叩頭おじぎをするのは帰順きじゅんひょうするものとみとめる。くるしうない、もとせきいてもらいたい』

 山本やまもと大佐たいさ肉体にくたいちあがった。そして瞑目めいもくしたまますこしも方向ほうこうあやまたずもどってて、審神者さにわやくじゃくもと位置いちにビタリとすわった。

貴下あなた態度たいどあま感服かんぷく出来できぬ』

 と自分じぶんおもむろに訓示くんじはじめた。

不肯ふしょうながら、大本おおもと審神者さにわとして、貴下あなた天狗てんぐであることは最初さいしょからわかってた。しかるに貴下あなた勿体もったいなくも大神おおかみのおかたり、あまつさ理不尽りふじんにも腕力沙汰わんりょくざたおよんだ。その手腕しゅわんえはたしかにみとめる。封建時代ほうけんじだいででもあらばたしかに五百石位こくぐらい価値かちはあろう。しかけんは一にんてき神政しんせい成就じょうじゅ世界統せかいとう一の御神業ごしんぎょうにはわぬ。それしきの力量りきりょうたのんで、大本おおもと審神者さにわってかかるなどはあまりに児戯じぎちかい。貴下あなた気概きがいには感服かんぷくいたすが、その野武士的のぶしてき自由じゆう行動こうどうは、今日こんにちかぎめていただきたい、遺憾いかんなが御神業ごしんぎょうあいませぬ。守護神しゅごじんとしても、また人間にんげんとしてもませねばならぬ事柄ことがらは、明治めいじ二十五ねん以来いらい御神諭ごしんゆなかに、繰返くりかえ繰返くりかえおしえられてる。即刻そっこくうま赤児あかご精神こころになり、御神慮ごしんりょ奉戴ほうたいし、このすぐれたる山本やまもと肉体にくたい機関きかんとして、十ぶんはたらきを発揮はっきしていただきたい……』

 ほかにもいろいろみみいた文句もんくならてたが、豪傑ごうけつ天狗てんぐ余程よほど先刻来せんこくらい荒療治あらりょうじにしみたものとえ、徹頭徹尾てっとうてっび謹慎きんしん態度たいど持続じぞくし、一々自分じぶん言葉ことばたいして点頭うなずいてた。

御苦労ごくろうでした。お引取ひきとりをねがいます』

 というと、山本やまもと大佐たいさながゆめからめたるごとく、はじめてパッとひらいた。鎮魂ちんこん開始かいししてからその終結しゅうけつまで前後ぜんごやく時間じかんばかり、ったときまったれて、金龍殿きんりゅうでんうち薄暗うすくらくなってた。

 その晩餐後ばんさんごふたた鎮魂ちんこんしたが、りたものか、守護神しゅごじんはモウ発動はつどうはしなかった。その自分じぶん山本やまもと大佐たいさと、一面会めんかい機会きかいたぬが、あれくらいにやってけば、あの守護神しゅごじん性行上せいこうじょうに、たしか顕著けんちょ影響えいきょうがあったに相違そういないと確信かくしんしてる。


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