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〔二〕 春から夏にかけて

(九)


 六がつにちには山本やまもと海軍かいぐん大佐たいさ参綾さんりょうした。

秋山あきやまさんが是非ぜひけといわれましたからまいりました。もっとも、出張先しゅっちょうさきですからあまひまがありません』

 この時分じぶん秋山あきやまさんは、だれつかまえてもさかん綾部あやべきをすすめたものらしい。この秋山あきやま僅々きんきん月後げつごには、くちきわめて大本おおもと攻撃こうげきをやったとおもうと奇妙きみょうかんがする。嗚呼ああくちわざわいかど大丈夫だいじようぶうまれて一だい指導しどうするの地位ちいつにあたりては、一げん半句はんくあいだにも注意ちゅういはらわねばならぬとおもう。秋山あきやまさんは最初さいしょから、随分ずいぶん大本おおもとたいして細心さいしん注意ちゅういはらことわすれなかったが、それでもめたり、けなしたり、うッかり二ごんくの過誤かごおかした。武士道ぶしどう精華せいかあじわえる秋山あきやまさんとしては、はなは残念ざんねん至極しごくなことであった。

 れいによりて一おう説明せつめいのち自分じぶん山本やまもと大佐たいさ金龍殿きんりゅうでんれてった。るところ脊丈せたけひくいが、いかにもずッしりと岩畳がんじょう体格たいかくをしてり、言語げんご応対おうたいハキハキとした人物じんぶつで、流石さすが海軍かいぐん部内ぶない秀才しゅうさいと、うたわれるだけのことがあるとおもった。

 鎮魂ちんこんせきいたのは午後ごごの一前後ぜんごであった。無論むろん一人ひとりたい一人ひとり全部ぜんぶ障子しょうじふすまり、見物人けんぶつにんなどは一人ひとりれなかった。かたごと姿勢しせいととのえ、神笛しんてつ数声すうせいはやくも山本やまもとさんは発動はつどう状態じょうたいうつった。が、自分じぶん格別かくべつことがあろうとはゆめにもおもわず、むしろゆッたりした気分きぶんで、口癖くちぐせのようになって質問しつもんはっした。

何誰どなたですか? 御名おんなうかがいます』

 言未げんいまおわらず、天地てんちとどろくばかりの大音声だいおんじょう

素戔鳴尊すさのおのみこと

 とさけんだとおも瞬間しゅんかんには、モウ山本やまもと大佐たいさ岩畳がんじょう肉弾にくだんは、大砲たいほう弾丸だんがんのように、自分じぶん身体からだッつかってた。

 間髪かんぱつれざる咄嗟とっさ出来事できごとで、みみにもにもとまらばこそ、無論むろん身体からだをかわすどころのさわぎでなかった。いまから常時とうじことかんがえてても、大佐だいさ什麼どんなふうびついてたか、また自分じぶんがそのさいなにをしてたか、到底とうていわからない。

『オャッ!』

おもって、がついたときは、すで山本やまもと大佐たいさ身体からだ自分じぶんひだりそでかすめて、三じゃくばかりも背後うしろほうんでた。おもうに大佐たいさ身体からだは、自分じぶんんだ手端てさき四五すんところまでせまり、其所そこきゅうに四十五ぐらい角度かくどをなしてひだりれたものらしい。これなどは全然ぜんぜん審神者さにわたいするかみ御加護ごかごで、人間にんげん工夫くふう努力どりょくまぬがのぞみ絶無ぜつむであるのはいうまでもない。

 自分じぶん吃驚びっくりしながら、大佐たいさほう方向ほうこう変更へん こうするすきもあらせず、モウ洋服姿ようふくすがた大佐たいさはハッとあがった。そしてんだ両手りょうて引離ひきはなそうと二三度試どこころみる様子ようすであったが、とてもはなれぬと観念かんねんするやいなや、んだままの両手りょうて真向まっこう振翳ふりかざしながら、

『エーヤーツ!』

 猛虎もうこくるうようないきおいで、自分じぶん頭部とうぶのぞんでんでた。

大変たいへんことをし やがる』

自分じぶんは一たんは一とかたならずおどろいたが、かみ試練しれん此処ここぞと、ようや下腹部したはらにウンとちからめ、端坐たんざ姿勢しせいったまま、凝乎じっ大佐たいさほうにらみつけた。

 イヤそのとき気分きぶん! 大佐たいさ拳固げんこ! ビュービューかぜって、つは、なぐるは、しかし一二すん所迄ところまでせまるだけで、什麼どうしても自分じぶん頭部あたまにはあたらない。

しただの一でもたれるなら、自分じぶん審神者さにわ資格しかくがないのである。そのときいさぎよこのこのしょく返納へんのうするまで』

と、自分じぶん決心けっしんほぞかためておもって両眼りょうがんじてしまった。

『エーヤーツー』

 掛声かけごえともに、大佐たいさ拳固げんこ頭部とうぶかすめる。その度毎たびごとかぜあたるが、しかしただの一拳固げんこあたらない。

 にしろ不意ふいおこった大叫喚だいきょうかん大騒動だいそうどうであるので、さすがものどうぜぬ部内ぶない人々ひとびとも、けつけて障子しょうじすきから見物けんぶつしたが、あばくる洋服姿ようふくすがた神憑者かんがかりと、つぶったままの審神者さにわ様子ようすには、いささかおどろあきれた模様もようであった。

 この状態じょうたいは十ぷん二十ぷんつづいた。モーそろそろくたびれて中止ちゅうししそうなものだとってたが、大佐たいさ肉体にくたいきたえた肉体にくたいで、容易ようい疲労ひろういろせない。またこれ憑依ひょういしてるのは、うでおぼえのある天狗てんぐごうもので、これもあくまでけじだましい発揮はっきしてる。両々りょうりょう相俟あいまって容易よういくっするいろせない。

 際限さいげんがないとおもったから、とうとう自分じぶん大神おおかみさまに祈願きがんした。

乱暴らんぼう天狗てんぐさんで、わたしだけのにはあまります。何卒どうぞ神界しんかいから御援助ごえんじょあおぎとうござります』

この祈願きがんただち神界しんかいるるところとなった。そしてここ無類むるい活劇かつげきまくひらかれた。


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