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〔二〕 春から夏にかけて

(八)


 香森かもりさんの鎮魂ちんこんで、自分じぶんはじめて対手あいてれいにらたおことおぼえた。むかしから『にらみがきく』という俚諺りげんがあるが、成程なるほど眼力がんりょくというものは豈夫まさかとき威力いりょく発揮はっきするものらしい。れい金谷かなたにさんのはなしに、あるとき山奥やまおくさかをスタスタりると、バッタリ大熊おおぐまッつかったことがあるそうだ。三四しゃく距離きょりへだててくまむかいになったので、金谷かなたにさんも進退しんたいきわまったが、くまほうでも、一寸ちょっとこまった。

 このとき金谷かなたにさんが、弱味よわみせてしでもすれば、すぐにヤラれるのであったが、さすがは「やま叔父おじさん」だけあって、ウンと下腹部したばらちかられ、くまにらみつけること十ぷんばかり、最後さいご

莫迦ばか!』

と一かつした。するとくだん大熊おおぐまは、クルリとうしろいてしたそうな。

猛獣もうじゅうなどに出遇であったときにらみつけるにかぎります』

金谷かなたにさんはってたが、これは猛獣もうじゅうのみにかぎらず、すべての場合ばあい適用てきようる、一の秘訣ひけつであるらしい。薮睨やぶにらみは感服かんぷく出来できぬが、正面しょうめんからの大睨おおにらみはおろそかにされぬとおもう。

 それはかく香森かもりさんを鎮魂ちんこんしたときは、モウ野天狗のてんぐ発動はつどうはなく、立派りっぱ鎮魂ちんこん状態じょうたいになってた。爾来じらいここ足掛あしかけねん同君どうくん信仰しんこうはいよいよ金鉄きんてつごとく、あらゆる栄職えいしょく申込もうしこみかたはしから排斥はいせきし、イザという場合ばあい国家こっか皇室こうしつめに蹶然けつぜん奮起ふんきすべき機会きかいきたるのを、こころしずかにってるらしい。五年間ねんかんばずかずのその態度たいどには、たしかあげたところがある。いず天下てんか耳目じもくおどろかすほどの、だい飛躍ひやくだい鳴動めいどうおこすのではあるまいか。

 香森かもりさんに引続ひきつづいて、天然社てんねんしゃ関係者かんけいしゃお三四にんた。××子爵ししゃくは五がつ十七にち単身たんしん参綾さんりょうした。

 えて六がつさら夫人ふじん引連ひきつれて再度さいど参綾さんりょうをされた。子爵ししゃくむし常識的じょうしきてき政治せいじ趣味しゅみゆたかなひとで、貴族院きぞくいんあたりのキケものだが、夫人ふじんほうこれはんして余程よほど霊的れいてき素質そしつってる。だいかい鎮魂ちんこんには幾分いくぶん夫人ふじん肉体心にくたいしんってて、守護神しゅごじん発動はつどうさまたげたけれど、だいかいからは立派りっぱ言葉くちり、近来きんらいになく面白おもしろ審神さにわをしたのであった。五がつ下旬げじゅんには田畠たはたさん、六がつ初旬しょじゅんには××子爵ししゃく参綾さんりょうなどがあって、面白おもしろいことであったが、いずれもその落著らくちゃく今後こんごけらるる人々ひとびとなので、ここその裏面りめん内容ないよう報告ほうこくするの自由じゆうゆうせないのを遺憾いかんとする。

 天然社てんねんしゃ関係者かんけいしゃ以外いがい人々ひとびとなり沢山たくさんやってた。六がつ初旬しょじゅんには海軍かいぐん飛行家ひこうか難波なんば大尉たいいて一週間しゅうかんばか滞在たいざいした。このひと鎮魂ちんこん状態じょうたい滑稽こっけいきわめて見物人けんぶつにんよろこばせた。二三かい容易ようい言葉くちり、なに無遠慮ぶえんりょにベラベラしゃべうえに、両手りょうてつばさのようにひろげて、バサバサあおりながら、クルリとあたま逆立さかだちをたくみにやる。こころみに名前なまえ請求せいきゅうすると、

『ピーヒョロヒョロヒョロヒョロ』

 と正真ほんものとびも三しゃけるくらいうまく。流石さすが飛行術ひこうじゅつ苦労くろうかさねたひとだけあって、そのふく守護神しゅごじんとびから出世しゅっせした天狗てんぐなのである。

からす天狗てんぐならお伽噺とぎばなしわかってるが、とび天狗てんぐなどがあるものか』

などと屁理窟へりくつわぬことだ。平田ひらた先生せんせいの「寅吉とらきち物語ものがたり」のなかにも、たしかとりから進化しんくわのせる天狗てんぐ消息しょうそくらしてたとおもうが、自分じぶんこの数年来すうねんらい調査ちょうさ結果けっかによりても、山野さんやとりながらにして幽界ゆうかいり、天狗てんぐになってるのがおおいようだ、家禽かきんは一こう意気地いくじがなく、十ねんてば老死ろうししてしまうが、山野さんやとりにはそれがない。修行しゅぎょうまぬうちこそその姿すがたひと肉眼にくがんせ、弓矢ゆみや鉄砲弾てっぽうだま生命いのちうしなうが、ある時期じき到達とうたつすると、俄然がぜんとしてその姿すがたしてしまう。ただ人間にんげん肉眼にくがんえいぜぬだけでその肉体にくたいけっしてほろびるのではない。山野さんやをいかにあるいてても、とり死骸しがいちてぬのは、彼等かれらおおくが老死ろうしせぬことの一の証拠しょうこである。

 かく天狗界てんぐかいというものは、その内容ないようはなは複雑ふくざつ豊富ほうふで、ひと霊魂れいこんをはじめ、とびあり、からすあり、すずめあり、わしあり、さぎあり、またその動物どうぶつあり、沢山たくさん階段かいだんわかれてる。そのうちかみのお使つかいとしてはたらくのは所謂いわゆる正神界せいじんかい眷族けんぞくであり、また放縦ほうじう不羈ふき乱暴らんぼう狼藉ろうぜききわめて人畜じんちくくるしめるのが、所謂いわゆる野天狗のてんぐである。鎮魂ちんこんほどこして発動はつどうせしめると、現代人げんだいじん多数たすう野天狗のてんぐいてることを発見はっけんする。狐狸こりとう動物霊どうぶつれいすれば、がいして豪爽ごうそう淡白たんぱく気分きぶんがよいものの、喧嘩けんかをしたり、大酒たいしゅあおったり、女色じょしょくあさったり、弥次馬やじまはたらいたり、野天狗のてんぐさんも随分ずいぶんわることをやる。江戸えどだの、書生しょせいだのというものは、就中なかんずく野天狗のてんぐさんのめに肉体にくたい占領せんりょうされてる。

 飛行家ひこうか難波なんばさんが、とび天狗てんぐにその肉体にくたい占領せんりょうされてたなどは、不思議ふしぎのようでじつ当然とうぜんはなしだとおもう。


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