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〔二〕 春から夏にかけて

(七)


 五がつには香森かもりという法学士ほうがくし参綾さんりょうした。このひとまた秋山あきやまきし谷本たにもと諸氏しょしおなじく、れい池袋いけぶくろ天然社てんねんしゃぐみだ。大方おおかた秋山あきやまさんかただしは谷本たにもとさんから、大本おおもとはなしをきいてになったのであろう。かって××大臣だいじん秘書官ひしょかんつとめたり、××会社かいしゃ重役じゅうやく引受ひきうけたり、相当そうとう社会的しゃかいてき経歴けいれきゆうせるうえに、薩摩さつま出身しゅっしんる。豪放ごうほう磊落らいらく表皮ひょうひしたには、却々なかなか巧智こうち才弁さいべんざうし、一寸ちょっとした応対おうたいあいだにも、却々なかなかひとらさぬ如才じょさいなさがほのえた。

大本おおもとへも却々なかなか面白おもしろ人物じんぶつるようになったものだ』

自分じぶん心強こころつよおもった。

 れいによりて、大本おおもと説明せつめいに二三時間じかんついやし、の九ごろになってから、金龍きんりゅう殿でん鎮魂ちんこんということになった。その時分じぶんには夜間やかん鎮魂ちんこんには燭台しょくだい使用しようした。四十八じょう広間ひろま真中まんなかに、たった二ほん蝋燭ろうそくともすのであるから、室内しつない随分ずいぶん薄暗うすぐらい。夜気やき陰々いんいんとしてせまるものがある。其処そこ神主かんぬし審神者さにわとただ二人ふたり相対あいたいしてすわり、ヒューと神笛しんてきやみやぶるのだから、おのずか玄妙げんみょう隠微いんびおもむきみなぎわたりて、いかにも幽斎ゆうさい修行しゅぎょうらしい気分きぶんがする。

 香森かもり法学士ほうがくし洋服ようふくであったが、出来できだけ洋袴ずぼんゆるめて正座せいざせしめた。ドウモ洋服ようふく姿すがた鎮魂ちんこんあま感心かんしんしないが、いまでは、これも程度ていどまでむをない。日本人にほんじん腹力ふくりょくこしすわってるものとえ、洋服ようふくのままでも大抵たいてい正規せいき姿勢しせいるが、欧米人おうべいじんてはあきれるほど下拙へたなのがおおい。下腹部かふくぶがペコンとみ、まるくなり、窮屈きゅうくつそうにったひざだけが、ヌーッと前方ぜんぱう突出とっしゅつして様子ようすは、什麼どうしても長髄彦ながすねひこ末孫ばっそんとしかおもわれない。昨年中さくねんじゅう参綾さんりょう西洋人せいやうじんつかまえて、さいさいこころみたが、いずれも其麼そんな状態じょうたいであった。このてん先天的せんてんてきそなわる国民こくみんてき特色とくしょくで、余程よほど根柢こんていふかいようだ。大石凝おほいしこり先生せんせいわせると、ひざどう直角ちょくかく跪坐きざ姿勢しせいが、天地てんち陰陽いんよう真精しんせい表現ひょうげんせるもっとただしいもので、これは日本人にほんじん特有とくゆう姿勢しせいだとある。その所説しょせつ当否とうひ攻究こうきゅう余地よちがあるにしても、すくなくとも世界せかい人類じんるいちゅう跪坐きざもっ常態じょうたいとせるものが、日本人にほんじんかぎるということは、余程よほどかんがえねばならぬとおもう。支那人しなじん印度人いんどじんでさえうまかない、欧州人おうしゅうじんいたりては、椅子いすなどを工夫くふうしてそのながあしあましてる。吾々われわれ日本人にほんじん自己じこ天賦てんぶ特長とくちょう無視むしして、なにくるしんで胡坐あぐらをかいたり、こしけたりする必要ひつようがあろう。ドウも日本人にほんじんは、跪坐きざしたときはじめて心身しんしん正調せいちょう維持いじるようだ。近頃ちかごろ日本にほんのハイカラれんあいだには、応接間おうせつまなどを洋式ようしきにするのが流行りゅうこうであるが、これはんだ心得こころえちがいではあるまいか。椅子いすこしけるのは、欧米人おうべいじんほうはるか引立ひったちてえ、初対面しょたいめん刹那せつなおいて、此方こっちに七損失そんしつがある。矢張やは堂々どうどう日本にほん座敷ざしき引見いんけんして、ってうまれた下腹部かふくぶこし強味つよみを、十ぶん発揮はっきしてせるべきであろう。兎角とかく日本人にほんじん自己じこ長所ちょうしょ没却ぼっきゃくし、対手あいて長所ちょうしょ模倣もほうすることにのみつとめるからあたまあがらない。取敢とりあえ日本にほん在外ざいがい大使館たいしかん外務省がいむしょう建物たてものなどは、はやじゅん日本にほんしき改造かいぞうし、たたみうえ折衝せっしようすることだ。さすれば日本にほん外交がいこうもずッと刷新さっしんされるかもれない……。

 イヤ香森かもりさんの洋服ようふく鎮魂ちんこんから、ツイふで脱線だっせんした。こまったふでだ。大急おおいそぎではなしつづける。香森かもりさんが発動はつどう状態じょうたいになったのは、すわってからやくぷんのちであった。じてがいつしかひらかれて、ギロギロと審神者さにわにらめつける。それが明滅めいめつする蝋燭ろうそく反射はんしゃして、気味きみるいことおびただしい。そのうちんだ両手りょうておのずからけて、拳固げんこにぎって両膝りょうひざて、双肩そうけんやまのようにそびえさせ、唇辺しんぺんには一しゅ豪傑ごうけつわらいをたたえた。什麼どうても物騒ぶっそう千万せんばん、ただではみそうにえぬので、内心ないしんいささ警戒けいかいしながら、その神名しんめい質問しつもんした。

何誰どなたですか、御名おなうけたまはります』

 豪傑ごうけつ天狗てんぐ却々なかなか返事へんじをしようとせぬ。ただニ ヤニヤおおきくわらってる。おりからそと雷雨らいう模様もようで、ピカピカゴロゴロ、刻々こくこく物凄ものすご無言劇むごんげき場面ばめんひろげる。

 自分じぶんさいさい四、天狗てんぐさんに問答もんどううながしたが、什麼どうしてもくちひらかず、だまって威張いばりかえってる。いかにも、審神者さにわなどは眼中がんちゅういという態度たいどだ。さりとて審神者さにわくつてかかろうともせぬので、此方こっちから攻勢こうせいりて無下むげしばることも出来できない。仕方しかたがないから一つ、

莫迦ばか!』

 と呶鳴どなりつけてた。すると咄嗟とっさに、先方むこうから、

莫迦ばか!』

 と鸚鵡おうむがえしをしてたが、依然いぜんとして乱暴らんぼうはせぬ。自分じぶん如何いかこれ処分しょぶんすべきかについておおいこまった。言葉ことばるなら理窟りくつめつける。乱暴らんぼうはたらくなら霊縛れいばくしてらしてれる。ただだまって威張いばってやつ始末しまつにいけない。このまま鎮魂ちんこん中止ちゅうしするのはんでもないが、それでは一野天狗のてんぐ翻弄ほんろうされた気味きみがあって、はらむし承知しょうちせぬ。百ぽう苦心くしん結果けっか、一つにらたおしてれようと決心けっしんした。自分じぶんだまって、何時いつまでも凝乎じっと、先方むこうするど見詰みつめに見詰みつめた。

 くら蝋燭ろうそくひかり、ザアと大粒おおつぶあめ、ゴロゴロピカピカ。そして天狗てんぐ審神者さにわとのにらめッくら

 これがやく三十ぷんばかりつづいたが、とうとう天狗てんぐれず、香森かもりさんの身体からだばしていて、ぱッとした。はじめて自分じぶん自身じしんにかえった香森かもりさんは、

『イヤんだ失礼しつれいをしました』

 と挨拶あいさつしたが、常識じょうしきではねるいま態度たいどについて、ふかふかかんがんだ様子ようすであった。


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