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〔二〕 春から夏にかけて

(六)


 綾部あやべ引越ひきこして五箇月かげつ、そのあいだ自分じぶんはただの一綾部あやべ以外いがいさなかったが、四がつ二十四いたって、突然とつぜん大和やまと吉野川よしのがわ上流じょうりゅうむかって出発しゅっぱつし、途中とちゅうぱくうえ二十七にちもどってた。同行どうこう男女だんじょこきまぜて総勢そうぜい十一にん出口でぐち先生せんせい先頭せんとうに、梅田うめだまき豊本とよもと村野むらの秋岡あきおか金谷かなたに星田ほしだ千代殿ちよどのおよ自分じぶん夫妻ふさいというかおれであった。

 今日こんにちでは長髪ちょうはつ世人せじんくものの、長髪ちょうはつといえば綾部あやべ綾部あやべといえば長髪ちょうはつと、大概たいがい世間せけん相場そうばきまってしまった。ところが、大正たいしょうねんはるには、まだ其処そこまでは行亙ゆきわたってぬので、一こういたところ衆人しゅうじん環視かんし中心ちゅうしんとなった。ただ当時とうじしん長髪ちょうはつなのは、出口でぐち先生せんせい梅田うめださんくらいのもので、自分じぶん頭髪かみ半歳はんとしあいだに、やっとえりぼっするところまでびたにぎなかった。それでも余程よほど人相にんそうかわったものとえ、京都きょうと停車場ていしゃじょうで、半歳はんとしりに横須賀よこすか成川なりかわさんと出会しゅっかいしたときは、

『まァ貴下あなた浅野あさのさんで……』

ったきり、しばらくあきかえってたことを記憶きおくする。頭髪かみ一つで人間にんげん相貌そうばう余程よほどかわるものとえる。相貌そうぼうかわるのはいいとして、いまなか長髪ちょうはつたくわえるのを、不思議ふしぎおもうくせに、やんごとなき姫君ひめぎみたちが、みどりかみ惜気おしげもなく、ゴソとおとすことなどに、左程さほど不思議ふしぎおもわない。理窟りくつからえばびるべきはず頭髪かみほう余程よほど奇抜きばつだ。びるものをばすになん不思議ふしぎもないはずだ。この一ても、因襲いんしゅう打破だはし、時代じたい先駆さきがけすることの困難こんなんあきらかであるとおもう。

 吉野よしのおくへはなん用事ようじったか。これは自分じぶんにもよくはわからぬ。またわかってもわれぬ。二十ねんまえから出口でぐち先生せんせい霊眼れいがんには、吉野よしのおく柏木かしわぎざいの八まんやしろと、その附近ふきん地上ちじょう地中ちちう光景こうけいうつって仕方しかたがない。そこ今回こんかい千代殿ちよどの夫人ふじん参拝さんぱい機会きかいとして、実地じっち踏査とうさ決行けっこうしたまでであったようだ。出口でぐち先生せんせいが一道案内みちあんないたのまず、柏木かしわぎおく五十ちょうばかりの山奥やまおくる八まんしゃへ、一こうこともなげにつれったなどは、霊覚れいかくなんたるかをらぬひとには、到底とうてい見当けんとうれない芸当げいとうであろう。八まん社頭しゃとうでは、一こうちゅうの四にん鎮魂ちんこんをやったが、四にん霊眼れいがんには何物なにものかがえいじたようであった。

 吉野よしのからかえると、よく二十八にちには、福知山ふくちやまざいの八幡宮まんぐうならびに一きゅう神社じんじゃ参拝さんぱいがあった。教祖きょうそさんがあの老躯ろうくひっさげて先頭せんどうたれ、出口でぐち人々ひとびとをはじめ、役員やくいん信者しんじゃ三百にん大衆だいしゅうであった。朝来ちょうらい雨模様あめもようであったが、一どう汽車きしゃ福知山ふくちやまいた時分じぶんから、篠着しのつごと土砂どしゃりとなった。不思議ふしぎなことには、この二十年間ねんかん教祖きょうそさんが出修しゅっしゅうされるときにはかなら雨降あめふりときまってる。これはんして出口でぐち先生せんせい場合ばあいには、ってそらでもかなられる。

 大本おおもと信者しんじゃ大挙たいきょ参拝さんぱいると、なにもわからぬ新聞しんぶん記者きしゃなどは、長髪族ちょうはっぞく大示威だいじい運動うんどうなどとて、そして一どう御神前ごしんぜん跪坐きざして大祓おおばらい祝詞のりと奏上そうじょうするのをきいて、『物凄ものすごこえ呪文じゅもんとなえる』などと途方とほう途轍とてつもない文句もんくならべる。日本にほん国情こくじょうなんたるかをらぬ亜弗利加アフリカじんかエスキモーででもあるならば、そうおもうのも不思議ふしぎはないが、日本にほんこくせいけて人間にんげんのいうべき言葉ことばではないようだ。

 もっと大本おおもと神社じんじゃ参拝さんぱいは、世間せけんみの形式けいしきぺんものとはせんことにし、あくまでねつがこもり、あくまで真剣しんけんであるから、門外漢もんがいかんには少々しょうしょう薄気味うすきみわるいのかもれない。こと教祖きょうそさんや出口でぐち先生せんせいになると、かみのお姿すがたはいし、かみのおこえをきき、直接ちょくせつ御命令ごめいれいけられるものであるから、一そう世間せけん参拝さんぱいとはわけちがう。大本おおもと神社じんじゃ参拝さんぱいということは、つね神示しんじ神勅しんちょくせつするため実用じつようきの仕事しごとであるのだ。かみさまの実在じつざいらぬひとには容易ようい真相しんそうれぬはずだ。

 このときの八まん参拝さんぱいごときは、神界しんかいではきわめて意義いぎ深長しんちょうなるもので、大正たいしょう維新いしん御神業ごしんぎょう発展はってんうえ重要じゅうよう二のものであったらしい。くわしいことるよしもないが、神功じんこう神后こうごう御神霊ごしんれい御現おあらわれになり、教祖きょうそ肉体にくたい使つかっていろいろ御神勅ごしんちょくくだたまわれたのである。それかあらぬか、当時とうじまん神社じんじゃまつこずえには、一丹頂たんちょうつるさがり、参拝さんぱいんでからまた何処どこともれずった。これはがい神社じんじゃ社司しゃじ其他そのた熟知じゅくちせることで、いま奇瑞きずいとされてる。

 八幡社まんしゃ参拝さんぱいむと、今度こんど産土うぶすなの一ぎゅう神社じんじゃ参拝さんぱいした。福知山ふくちやま教祖きょうそ生誕せいたん土地とちであるから、しゅとして御礼おれいまいりの意味いみおこなわれたものらしかった。一ぎゅうさんは、『んだ氏子うじこ綾部あやべほうられてしまった』とよく愚痴ぐちこぼされたそうだ。産土うぶすなかみでも自分じぶん氏子うじこなか霊分れいぶんたかいものがると、自然しぜんはなたかいのであろう。大正たいしょう維新いしんだい基礎きそきずきあげたる大本おおもと教祖きょうそ出口でぐち直子なおこ刀自とじごとひとほかれてかれては、産土うぶすなかみさんも成程なるほど掌中しょうちゅうたまうばわれたようながするに相違そういあるまい。


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