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〔二〕 春から夏にかけて

(五)


 篠原しのはらくんさかん発動はつどうして、くるしんで最中さいちゅうに、いつしか丹波たんば山奥やまおくにもはるおとずれた。そのきたることは遅々ちちとしてうしあゆみのごとくであったが、いよいよたとなると、山国やまぐにはるつねとして一勃発ぼっぱつした。うめももさくらなどが矢継やつぎばやくは、ひらくは、ツイ先達さんだってまでゆきうずもれて姿すがたせなかった野山のやまくさも、はたけ野菜やさいも一青々あおあおしげした。

『いよいよはるさかりだナ。矢張やは綾部あやべはるい』

 大本おおもとへの往復おうふく途中とちゅうには、おぼえずちどまって、つくづく周囲しゅういまわすこともあった。

 が、それはせいぜい五分間ふんかんくらいのもの、大本おおもとても自宅じたくても、自分じぶんつね求道ぐどう人々ひとびと囲繞いにょうされて、かみさまのはなしと、鎮魂ちんこん実施じっしとに全然ぜんぜん没頭ぼっとうり、却々なかなかはる気分きぶんあじわってるどころのさわぎではなかった。その幾度いくたびはるむかえても、自分じぶん身体からだ段々だんだんいそがしくなるばかり、今年ことしで五ねんになるが、自分じぶんはまだ綾部あやべ町中まちなかすらろくらずにる。いわんや附近ふきん名山めいざん勝地しょうちめぐりて、烟霞えんかよくほしいままにするなどの余裕よゆうは一そうい。

 気候きこうくなった所為せいか、四がつってから、色々いろいろひとたずねてる。きし博士はくしはじめて大本おおもと参拝さんぱいしたのは、たしか四がつの七であったと記憶きおくする。きしさんは秋山あきやまさんなどとおなじく、れい天然社てんねんしゃぐみの一にんだが、最初さいしょからふか大本おおもと神諭しんゆ感心かんしんした一にんで、爾来じらい今日こんにちいたるまでその信仰しんこうは一直線ちょくせんすすんでいる。早速さっそく自分じぶん鎮魂ちんこんしたが、ただの一天眼通てんがんつう体験たいけんたなどは、随分ずいぶんかみさまのつなのかけかたはやかったひとわねばなるまい。たしか参拝さんぱい翌朝よくちょうのことであった。きしさんは、宿屋やどやの一しつで、火鉢ひばちかたわらすわって、こころみに鎮魂ちんこん姿勢しせいった。するとじたるなかに、茶盆ちゃぼんうえせてあった茶壺ちゃつぼ内部なかいたではないか。熟視じゅくしすると、その茶壺ちゃつぼからっぽで、なかちゃはいってない。

鎮魂ちんこんおわってから、ねんめに茶壷ちゃつぼけてましたが、矢張やはちゃはいってませんでした』

きしさんはその自分じぶん物語ものがたってた。

 きしさんはもなく帰京ききょうしたが、早速さっそく自身じしんちがいに、同氏どうし鉱山こうざん勤務きんむして採鉱さいこう技師ぎし金谷かねたに謹松きんまつ修行しゅぎょうめに派遣はけんした。最初さいしょ金谷かなたにさんは一週間しゅうかんぐらい修行しゅぎょう予定よていであったが、それが一箇月かげつにもび、それから幾度いくたび往来おうらいしてうちに、とうとう大正たいしょうねんになってから、綾部あやべ引越ひきこしてしまった。このひとことについては面白おもしろはなし沢山たくさんあるが、ホンの輪廓りんかくだけでもいつまんでいてこう。

 金谷かなたにさんは海外かいがいに十七ねんひとで、帰国きこく洋服ようふくよりほかたことがないというひとであった。かくうと、非常ひじょうにハイカラおとこのようにきこえるが全然ぜんぜんその正反対せいはんたいで、こしにはつね職業用しょくぎょうよう鉄槌かなづちそのほかをブラさげ、草鞋わらぢ脚絆きゃはんで、やまなかばかりあるまわってひとであった。綽名あだなが「やま叔父おじさん」とばれるくらいやまおくこもってた。そして採鉱さいこう事業じぎょうにかけては不思議ふしぎ才能さいのうったひとで、一と大概たいがいきんぎんどうてつ所在しょざい直覚ちょくかくしてしまう。したがってこのひとちから発見はっけんされた鉱山こうざんかずじつおおい。

 金谷かなたにさんにはよくもなければとくもない。うづもれてたから掘出ほりだしさえすれば、それで沢山たくさんなので、掘出ほりだしたもので自己じこ資産しさんつくろうなどという観念かんねんは一こうい。もっともそれだからんな採鉱家さいこうかになれたので、よくがあるものにはかみ直覚ちょくかくあたえない。直覚ちょくかくがなければ、何事なにごとをするにも入神にゅうしん妙技みょうぎ発揮はっきぬが、就中なかんずく採鉱さいこうなどという暗中あんちゅう摸索もさく仕事しごと到底とうていつとまらない。

 つねやま起臥きがして、天然てんねんしたしんでるだけあって、金谷かなたにさんはくような洋行ようこうがえりとはまったことなり、非常ひじょう敬神けいしんねんつよかった。天狗てんぐはなしなどすると、現代人げんだいじんおおくははなさきでせせらわらうが、金谷かなたにさんは、自身じしん天狗てんぐ存在そんざい体験たいけんしてた。

山奥やまおくにばかりんでると天狗てんぐにはよくいます』

金谷かなたにさんは真剣しんけん物語ものがたるのであった。

坑夫こうふなどは天狗てんぐのことをよくって大変たいへんこわがります。天狗てんぐとおときは、にわかにザーッとかぜいてて、青葉あおばでもバラバラるものです。わたし何遍なんべん其麼そんないました。凝乎じっとすかしてると、チラリと何物なにものかがえるようにかんじます。天狗てんぐないなどというのは、なにらんやつのいうことです』

 かく金谷かなたにさんは、大本おおもとらぬときから、大本おおもとしき出来できあがってひとであった。ただ最初さいしょすわることだけはへたで、鎮魂ちんこんとき困難こんなんかんじたが、一週間しゅうかんぐらい立派りっぱすわれるようになった。そして三週間しゅうかんばかりぎたときには霊眼れいがんがそろそろひらした。従来じゅうらい直覚ちょくかくはたらいてひとが、今度こんど霊覚れいかくということになったのだから、まことおに金棒かなぼうで、その同氏どうし発見はっけんにかかった鉱山こうざんすういく十かにのぼるそうだ。就中なかんずく青森湾あおもりわんつけた鉄鉱てっこうは、無尽蔵むじんぞうちかいもので、そのしつ良好りょうこうとのことだ。きしさんの鉱山こうざん事業じぎょう裏面りめんには、かかる人物じんぶつ活動かつどうあずかってたのである。

 現在げんざい金谷かなたにさんは、綾部あやべ神饌しんせんよう野菜やさいづくりに懸命けんめい努力どりょくはらいつつあるが、いずれ、時節じせつればその天分てんぶんを十二ぶん発揮はっきすることとおもう。


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