心霊図書館」 > 「冬籠」  >

〔二〕 春から夏にかけて

(三)


 南洋なんよう勤務きんむちゅう篠原しのはらくんはその自由じゆう自在じざいなる天言通てんげんつう利用りようして面白おもしろ半分はんぶんに、予言よげんだの、てものだのをったが、最初さいしょはそれが不思議ふしぎなほど的中てきちゅうしたそうだ。部下ぶか水兵すいへいなどをつかまえて、その郷里きょうり地名ちめいやら、家族かぞく姓名せいめい年齢ねんれい職業しょくぎょう容貌ようぼうなどてるくらい朝飯あさめしまえ仕事しごとであったので、いずれもしたいて驚嘆きょうたんしたということだ。

 が、になって濫用らんようしてうちに、段々だんだんそれが不正確ふせいかくになってた。時々ときどきおお間違まちがいをやって、んだ愛嬌あいきょうたねくこともあったそうだ。これはいずれの神憑者かみがかり場合ばあいおいてもつね現象げんしょうであってひと篠原しのはらくんかぎったことではない。霊覚れいかくというものの性質せいしつさえわかれば当然とうぜんはなしである。兎角とかく現代げんだい人士じんし自我じが本位ほんいで、他人たにん自己じこ奴隷どれいにせんとするのみならず、またかみをも奴隷どれいにせんとする。霊覚れいかくというものは、かみひとあたえるものであって、ひと能力のうりょくではない。ゆえひとつね霊覚れいかくたいして敬虔けいけん感謝かんしゃうしなってはならないのだ。かみしゅにしてひとじゅうなのだ。しかるにおおくはこれさとらず霊覚れいかく濫用らんようをやる、。霊覚れいかく濫用らんようということはりもなおさずかみ奴隷どれいすることだ。最初さいしょかみほう大目おおめてくれるがやが愛想あいそうをつかしてしまって、こらしめのめにわざうそおしうるようになる。篠原しのはらくん予言よげん段々だんだんはずしたのは、まり霊覚れいかく濫用らんようへいかたるものであったのだ。

 霊覚れいかく段々だんだんはずしたのはよいとして、これと同時どうじ睾丸こうがん段々だんだんしたのには、流石さすが無頓着むとんちゃく篠原しのはらくんよわらざるをなかった。おなかなかからは天狗てんぐさんがさかんに呶鳴どなる。

篠原しのはら貴様きさま斯麼こんなところ愚図ぐず愚図ぐずして人間にんげんではない。はや綾部あやべって修行しゅぎょうしろ! 貴様きさま睾丸こうがんおれいためてるのだ。命令めいれいほうぜぬとッとらしてやるぞ!』

 けぬった篠原しのはらくんは、ただおとなしくその命令めいれい服従ふくじゅうしてばかりはないで、おなか天狗てんぐさんと議論ぎろんをした。

自分じぶん官命かんめいでこのしまるので、勝手かって行動こうどうれない。其麼そんな無理むりなことをされてはこまります』

貴様きさまこまろうがこまるまいが、おれ神命しんめい睾丸こうがんいためてる。いたくて職務しょくむれぬなら病気びょうき引入ひきいれをして内地ないちかえればい』

『そりゃあま乱暴らんぼうだ。そんな無茶むちゃかみがあるものか』

無茶むちゃでもんでもおれ神命しんめいでやってるのだ。おとなしく命令めいれい服従ふくじゅうせい!』

いやだ! 邪神わるがみ命令めいれいなんかくもンか』

かねばくようにしてやる』

 げんいまおわらざるに、睾丸こうがん俄然がぜんとしてイヤというほどめあげられる。にしろ急所きゅうしょにぎられてるのだからたまらない。おになみだうかべながら、

『まァってください。軍医ぐんいせて相談そうだんしますから……』

 かく診察しんさつけると、軍医ぐんい大変たいへん心配しんぱいして、内地ないちでなければ本当ほんとう治療ちりょう出来できないという。幾回いくかいんな問答もんどう診察しんさつとをかさねたうえで、とうとう病気びょうき引入ひきいれ、内地ないち帰還きかんということになった。

 軍医ぐんいがしきりに福岡ふくおか医科いか大学だいがく推薦すいせんしたので、篠原しのはらくん其所そこって診察しんさつけた。医者いしゃほうでは睾丸こうがん截取せっしゅ大手術だいしゅじゅっ必要ひつようであるという。天狗てんぐさんのほうではそんなことをしてはかん、綾部あやべけとめいずる。篠原しのはらくんかんがえた。睾丸こうがん除去じょきょすれば男子だんしとしてんだも同様どうようだ。其様そんことをしてまでもきたくはない。なおなおらぬはべつ問題もんだいとして、かく綾部あやべってよう。

 とうとう一両日りょうじつ福岡ふくおかきあげ綾部あやべへやってたのであった。

 普通ふつうならば余程よほど悲観ひかんすべきうえであったのに、篠原しのはらくん案外あんがい呑気のんきところがあった。南洋なんよう滞在中たいざいちゅう神懸かみがかりの失敗しっぱいだんなどを、あたかもひと風評うわさでもするように面白おもしろ可笑おかしく快活かいかつ物語ものがたる。がった睾丸こうがん平気へいきひとせて事実じじつ証明しょうめいをやる。退屈たいくつすると料理屋りょうりやっておおい痛飲つういんする。玉突たまつきをやる。もどってると霊学れいがくじょう問題もんだいひっさげて議論ぎろんきかける。ときには神諭しんゆふけって、ふかふかかんがんで悔恨かいこんなみだながす。一人ひとりで八にんげいえんじつつ、つね問題もんだいたねいてた。

 かかるうちにも自分じぶん篠原しのはらくんをつかまえて鎮魂ちんこんをやったが、不相変あいかわらずさかんに発動はつどうして縦横じゅうおう言葉くちった。かかって天狗てんぐさんは随分ずいぶん放縦ほうじゅう性質せいしつで、なり出鱈目でたらめもいえば、反抗はんこうもするが、しかし何処どことなく無邪気むじゃきな、淡白たんぱくところがあって、自分じぶんこころからおこになれなかった。

篠原しのはら睾丸こうがん何故なぜらすのだ』

らん! 神様かみさまらせというかららしたまでだ』

篠原しのはらはモウ改心かいしんしてる。そう何時いつまでもいじめてはかん』

『ナニ篠原しのはらやつ、まだ改心かいしんなどするものか。おれ睾丸こうがんでもいためてかぬと、んな道楽どうらくをするかれん。おれいて改心かいしんさせるのだ』

いてさけませるのもおまえだろう』

時々ときどきさけぐらいむ』

『それでは駄目だめだ。なんじから改心かいしんせんければ、篠原しのはら改心かいしん出来できはせん』

『ムム承知しょうちした』

 んな問答もんどう何回なんかいとなく審神者さにわとのあいだ交換こうかんされた。たまには天狗てんぐりつつ自分じぶんは、

『お名前なまえうかがいます』

などといてる。すると、きまって、

『このほう菅原すがわら道真みちざねだ』

などとわかったうそをいう。

菅原すがわら道真みちざねこうおっしゃると、何年なんねん何月なんがつ何日なんにちにおなくなりになりましたか』

るもンか!』

何故なぜそううそう。改心かいしんせい!』

改心かいしんなんか大嫌だいきらいだ! 大本おおもとなどという窮屈きゅうくつところにはモウようがない』

しばる!』

自分じぶん大喝だいかつする。天狗てんぐ霊縛れいばくせられてだい悲鳴ひめいをあげる。

いた……いたい! 堪忍かんにん堪忍かんにん!』

 自分じぶん天狗てんぐさんをしばったのは、三や五ではなかったように記憶きおくする。


前へ

目  次

次へ


心霊図書館: 連絡先