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〔二〕 春から夏にかけて

(二)


 海軍かいぐん大尉たいい篠原しのはら國彦くにひこはじめて姿すがた綾部あやべあらわしたのは、山国やまぐにはるあさき三がつの十七にちかであった。かずある大本おおもと信者しんじゃうちでも、篠原しのはらくんぐらいかみ試練しれんい、波瀾はらん曲折きょくせつ数々かずかずみ、苦心くしん苦心くしんかさねてたものはあま沢山たくさんはない。大本おおもと神諭しんゆには、

因縁いんねん身魂みたまにはかみつなをかける』

とあるが、成程なるほどこれがかみつなというものであろうとうなずかれるくらい露骨ろこつにかけられてた。また

罪穢めぐりひどところにはそれぞれ身魂みたま借銭しゃくせん返済なしがある』

とあるが、成程なるほどこれが過去かこ罪穢めぐりはらってるのだなとおもわれる程度ていどに、猛烈もうれつ修祓しゅうばつけたものだ。現在げんざい大本おおもと役員やくいんとしてはたらいてひとであるから、そのひとおこった一一什しじゅうを、細大さいだいらさずありままてるのは、いささか自分じぶんとしても心苦こころぐるしいが、しかし、これ黙殺もくさつするのはあまりに教訓きょうくんみ、あまりに興味きょうみがありぎる。おもって素破すっぱいてしまおうとおもう。

 自分じぶんはじめめて篠原しのはらくんったのは、大正たいしょうねん十二がつ初旬しょじゅん綾部あやべ出発しゅっぱつ数日すうじつぜんことであった。そのころ篠原しのはらくん無論むろん現役げんえきうえで、ちか独逸ドイツからうばった南洋なんようのサイパンとう無線むせん電信でんしん所長しょちょう任命にんめいせられ、赴任ふにんするという間際まぎわであった。南洋なんようがよいの汽船きせん出発しゅっぱつが、予定よていよりも数日すうじつおくれたばかりに、どうくん汐留しおどめ旅館りょかん三浦みうらとまんでた。おかあがってとき海軍かいぐん士官しかんあそぶことばかりかんがえる。篠原しのはらくんも、呑気のんきことにかけては人後じんごつるひとではなかった。たまでもこうか、浪花節なにわぶしでもききにこうか、みにくのもわるくないが、それにはチトかねりないなどとかんがえてところへ、丁度ちょうど三浦みうらとまってられた出口でぐち先生せんせい風評ふうひょうみみにした。それが動機どうき篠原しのはらくん中里なかざと自分じぶんところ訪問ほうもんしてた。篠原しのはらくん大本おおもととの最初さいしょ連絡れんらくは、偶然ぐうぜん偶然ぐうぜんほとん滑稽こっけいちかいものであった。し、南洋なんようがよいの汽船きせん出発しゅっぱつ遅延ちえんせねば、篠原しのはらくん綾部あやべことなどはらずに南洋なんよう出掛でかけたであろう。そうでなくとも、しあのばん浪花節なにわぶしでもききにったら、矢張やは綾部あやべことらずにんだに相違そういない。ふねおくれて三浦みうらとまんで、そして出口でぐち先生せんせい風評うわさをきいて、自分じぶんところ大本おおもとはなしをききにたばかりに、ってもれぬ関係かんけい出来できしまって、とうとう現職げんしょくをもはなれ、懸命けんめいいま大本おおもとめに努力どりょくしてる。かみかられば何事なにごと予定よてい行動こうどうであろうが、かみのまにまに使つかはるる人間にんげんかられば随分ずいぶん不思議ふしぎおもわれる。

 一とお篠原しのはらくんつかまえて大本おおもとはなしをしたうえで、自分じぶんれい鎮魂ちんこんかかった。すると五ふんたぬ大発動だいはつどうをやりした。ずバタンバタンとたたみから一しゃくばかりもあがる。そしてズンズン自分じぶんほうむかって突進とっしんする。

何誰どなた?』

名前なまえをきいてる。

名前なまえなど名告なの必要ひつようはない。りたければ勝手かってしらべろ!』

乱暴らんぼうなことをって、ブツブツとつよ意気いききかけながら、自分じぶんひざ突当つきあたって、さかんにねる。自分じぶんはなだめるように、

審神者さにわというものはかみさまのお名前なまえ質問しつもんする資格しかくってます。これは神格しんかくたかひくいにかかわらない。何卒どうぞおだやかにお名告なのりください。何誰どなたです?』

名前なまえなんぞあるもンか! らんらん!』

 不相変あいかわらずあばらしてがつけられない。仕方しかたがないから大喝だいかつせい

莫迦ばかッ!』

呶鳴どなりつけてた。先方むこうでは益々ますますおこしたが、しか審神者さにわむかって突撃とつげきしてほどでもない。ただなにやらから気焔きえんきながら、ドシンドシンとくるうのみであった。このころ自分じぶんは、もうこれしきのことにはおどろかなくなった。ってかかればしばるまでと、多寡たかくくって身構みがまえしてるだけだ。先方むこうでもこわことってるから、矢鱈やたらびついてもない。

 出口でぐち先生せんせいも三うらから来合きあわせてられたが、この様子ようするや、篠原しのはらくん背後はいごまわり、そしてかる霊縛れいばくほどこされた模様もようであった。

 自分じぶんは一とお訓戒くんかいあたえたのち鎮魂ちんこんめた。自己おのれかえった篠原しのはらくんも、いささかあきれて、

大変たいへんあばれて、失礼しつれいなことをもうしたようですが、わたしいてるのは一たいなんですか』

天狗てんぐさんどす』

出口でぐち先生せんせいうちわらいながら、

なに悪霊あくれいでもかかってるかしらとおもって、貴下あなた背後うしろまわってしらべてましたが、野天狗のてんぐさんがひとりで気焔きえんいてだけどした』

 かくこれをきッかけに、篠原しのはらくんお一二かいたずねてて、霊学れいがくじょう問題もんだいやら、立替たてかえ立直たてなおしはなしやら多大ただい興味きょうみもっ研究けんきゅうはじめた。鎮魂ちんこんつづいて実行じっこうした。言葉くちるのが非常ひじょうらく天狗てんぐさんで、普通ふつう談話だんわとかわらぬほど流暢りゅうちょうしゃべったが、なにをいうにも篠原しのはらくん出発しゅっぱつ間際まぎわであったし、また自分じぶん引越ひきこさわぎの最中さいちゅうであったので、双方そうほうともに十ぶんつくいとまなくしてわかれねばならなかった。そのさい自分じぶん宮澤みやざわくんれいなどをき、改心かいしんせざるふく守護神しゅごしん予言よげんの、けっして信頼しんらいしてならない所以ゆえんを、呉々くれぐれ注意ちゅういしたのであったが、のちいたりてると、矢張やはりある程度ていどまでの失敗しっぱいまぬがれなかった。


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