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〔二〕 春から夏にかけて

(十九)


 源次郎げんじろう前後ぜんごから、村長むらおさ身体からだ異状いじょうていしてた。最初さいしょ何処どこわるいということもない、フラフラやまいであったが、それが漸々だんだんこうじてて、衰弱すいじゃくくわわり、とこしたしむようになった。むら医者いしゃにはその病名びょうめいわからないので、はるばる東京とうきょうて、治療ちりょうつくしたが、その甲斐かいなく、とうとう東京とうきょう客死かくししてしまった。つまり四十年後ねんご大正たいしょうねんおいて、そのまごがやったと全然ぜんぜん同様どうようこと明治めいじ初年しょねんおいてやったのであった。

 村長むらおさあと一人ひとり女児じょじのこした。それがすなわ現在げんざい奥山おくやま表松ひょうまつ夫人ふじんであるのだ。ちち歿後ぼつご何事なにごともなく生長せいちょうし、妙齢みょうれいたっしたとき表松ひょうまつ婿養子むこようしとしてむかえ、ここ円満えんまん家庭かていきずいた。ちちときほとんえなんとした奥山家おくやまけは、一つぶむすめ種子たねからにぎやかな家庭かていえた。このままでけば何等なんらはなしもなく、したがって大本おおもととの交渉こうしょうおこらずにんだであろうが、それがっていたるごと昨年来さくねんらい子供こども病気びょうきとなった。

 死霊しりょう怨霊おんりょう生霊いきりょうなどというと、物質化ぶっしつかした現代げんだい人士じんしは、何等なんら根柢こんていなき迷信めいしんとして、一しょうするをつねとする。自分じぶん数年前すうねんぜんまではその部類ぶるい一人ひとりであった。ところ大本おおもと修行しゅぎょうり、鎮魂ちんこん帰神きじん神法しんぽうもって、その憑依物ひょういぶつ発動はつどうせしめてるとおどろくべし、古来こらい本邦ほんぽうとなえられてところは、大部分だいぶぶん事実じじつであることを発見はっけんした。旧説きゅうせつだからとて真理しんり矢張やは真理しんり新説しんせつだからとて虚偽きょぎ矢張やは虚偽きょぎである。時代じだいおくれのかびえた迷信めいしんなどとののしひとほうが、仔細しさいしらべてるとかえっ時代じだいおくれであり、かびえて場合ばあいすくなくない。

 炯眼けいがん読者どくしゃうちには、以上いじょういたところけで、すで奥山おくやまにかかる、のろいなんであるかを、大概たいがい察知さっちたこととしんずる。先代せんだい奥山おくやま主人しゅじん憑依ひょういしてれぬ病気びょうきおこさしめ、東京とうきょう客死かくしせしめたのは、までもなく源次郎げんじろう怨霊おんりょうであった。

 この怨霊おんりょう引続ひきつづいて、その一つぶ女児じょじころすのは、あめをねぶるよりも容易よういであったに相違そういない。しかしかれ故意わざそのひかえて時節じせつった。一人ひとりしかない女児じょじころしてしまえば、それ奥山家おくやまけ全滅ぜんめつである。それではうらみをらすにはあまりに呆気あっけなさぎる。かれ隠忍いんにんして女児じょじ生長せいちょうち、結婚けっこんち、家族かぞく繁殖はんしょくった。ちにつこと四十ねん奥山家おくやまけ衆人しゅうじん羨望せんぼう円満えんまん幸福こうふくなる家族かぞくとなった。

『いよいよ時節じせつ到来とうらいだ。そろそろ仕事しごとはじめよう』

 これが源次郎げんじろう亡霊ぼうれい計画けいかくであった。そして大正たいしょうねんはるからいよいよ仕事しごと著手ちゃくしゅした。だいその犠牲ぎせいとなり、それがむと今度こんどだいかかった。その目的もくてきまさらんとして間際まぎわ源次郎げんじろうからえば、生憎あいにくことには、皇道こうどう大本おおもとつかった。医者いしゃ坊主ぼうずには看破かんぱぬが、鎮魂ちんこん帰神きじん照魔鏡しょうまきょうにかけられては、いかなる天魔てんまもその正体しょうたいをくらますによしなく、奥山家おくやまけ永久えいきゅうのろいたねは、もろくも自分じぶんめに看破かんぱされ、とうとうつつみきれず一さい自白じはくしてしまった。

 このままにしてけば、源次郎げんじろう次第しだい次第しだいにそのばして、家族かぞくものおよび、百ねん二百ねんのちまでも、そのうらみのけるまで奥山おくやまうえ呪咀じゅそつづけたであろう。この呪咀じゅそくのゆい一のみちは、かみ御加護ごかごによりて、源次郎げんじろう悪霊あくれい処置しょちするよりほかにない。くわしくえば、息子むすこ肉体にくたいからこの悪霊あくれいはなして、ふうこめることである。

 こまったことには、悪霊あくれいすでふか息子むすこ肉体にくたいってた。無理むりこれ引離ひきはなすのはなんでもないが、同時どうじ肉体にくたいたもたない。現在げんざい息子むすこ肉体にくたいほとん悪霊あくれいちからきてたようなもので、ってもれぬくさえんをなしてる。たとえば植物しょくぶつが、地面ぢべたってるような塩梅あんばいである。無理むり引抜ひきぬけば、いたみ、つちくずれる。

 いずれにしても、息子むすこ肉体にくたいすでよわぎ、到底とうていいかなるちからでもこれ回復かいふくさせるのぞみは絶無ぜつむであった。什麼どうしても息子むすこまぬがれない。問題もんだい源次郎げんじろう悪霊あくれい奥山おくやまとの悪因縁あくいんねんはなして、今後こんご災厄さいやく防止ぼうしするにあった。自分じぶんはその機会きかいってたが、やがて一つきならずしてそれがた。息子むすこ生命いのちはモウ旦夕たんせきせまり、医師いしみなさじげた。

 ある祖霊社それいしゃ役員やくいん奥山家おくやまけ霊魂祭みたままつりった。そしてこれ同時どうじに、この四十年来ねんらいたたった。源次郎げんじろう悪霊あくれいふうめてしまった。そのとき境界きょうかいとして、息子むすこふたたもと温良おんりょうなる、可愛かわいらしい息子むすことなった。父母ふぼたいする言語げんご動作どうさ勿論もちろんのこと、その容貌ようぼうまで一ぺんしてしまった。しかしながら、悪霊あくれいきて肉体にくたいは、それとはなるるにおよんで一そう衰弱すいじゃくくわえ、数日すうじつのち、とうとう幽界ゆうかいひととなってしまった。

 にはんだが、その臨終りんじゅうはいかにも平静へいせいな、ねむるがごと臨終りんじゅうであった。にはんだが、この一もって一災厄さいやく絶滅ぜつめつして、かなしいことかなしい出来事できごとであったと同時どうじに、未来みらい永劫えいごうの一平安へいあんおもえば、衷心ちゅうしんから御神恩ごしんおん洪大こうだい無辺むへんなるを感謝かんしゃすべき出来事できごとであった。

 去年きょねん親子おやこにんづれで奥山おくやま夫妻ふさいは、今年ことし二人ふたりになって八丈島じょうしまかえってった。かぜのたよりにきけば、そのまたもとおだやかなる、しま生活せいかつつづけてるそうだ。


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