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〔一〕 綾部の冬籠

(十八)


 はなしは四十ねんむかしさかのぼる。

 明治めいじ初年しょねんの八丈島じょうしまは、徳川とくがわ時代じだい旧制きゅうせいい、流罪人るざいにん巣窟そうくつであった。つみおもいものは、海岸かいがん牢屋ろうや住居ずまいをしてるものもあったが、おおくはしまでそれぞれの職務しょくむ従事じゅうじしつつ、呑気のんきな、しかし味気あじけない生活せいかつおくってた。

 流罪人るざいにんなか源次郎げんじろうというものがた。もと江戸えど理髪りはつ業者ぎょうしゃであったが、こいうらみでひところし、一伝馬町でんまちょう牢屋ろうやつながれ、それから八丈島じょうしまながされてた。しまでは矢張やはり、うでおぼえの理髪りはつわざいとなんでた。

 源次郎げんじろう職人しょくにんはだ面白おもしろところのある人物じんぶつであったので、大変たいへん当時とうじ村長むらおさった。はるのものうさ、ふゆのつれづれ、村長むらおさはいつも源次郎げんじろうはなし相手あいてまねせ、そのかるくちから、江戸えど風評うわさくのをたのしみとしてた。源次郎げんじろう理髪りはつ職人しょくにんとしてよりも、むし村長むらおささんの腰巾著こしぎんちゃくとしてひとからみとめられ、村長むらおさ信用しんようとしともくわわり、のちには多少たしょう秘密ひみつをも、源次郎げんじろうだけにはらすようになった。

 村長むらおさというのは、ほかでもない。奥山家おくやまけ先代せんだいすなわ現在げんざい奥山おくやま夫人ふじん実父じっぷで、当時とうじはまだ二十三四のわかわか村長むらおさであったそうだ。

 このひと余程よほど器用きようたちひとえ、自分じぶん一箇ひとつ錠前じょうまえ工夫くふうし、しま鍛冶職かじやめいじて、特別とくべつ制作せいさくせしめた。いかなる種類しゅるい錠前じょうまえであったかは、四十年後ねんご今日こんにち到底とうていこれるよしもないが、什麼どうしても、他人たにんにはけられぬ仕掛しかけ出来できたそうだ。わか村長むらおさ大変たいへんこの錠前じょうまえ得意とくいであった。そしてそれを自分じぶん土蔵どぞうけ、かた何人なんびとにも極秘ごくひにしていた。

うしてきさえすれば安心あんしんなものだ。だれにもけられはせん』

 んなことって、村人むらびとほこった。村人むらびとまるくして、自分じぶん智慧ちえ器用きようとに驚嘆きょうたんするのをるのは、このわか村長むらおさって千まんきんにもかえられぬうれしさだった。

 これほど大事だいじにしてある錠前じょうまえ秘密ひみつ内密ないみつかせてもらったものが、村中むらじゅうにたった一人ひとりあった。それが寵愛児おきにいり源次郎げんじろうであったのはいうまでもあるまい。源次郎げんじろう非常ひじょうこれ光栄こうえいとして、

はばかながら、旦那だんなから錠前じょうまえかたおそわったものは、おれ一人ひとりだけだぜ』

などとひとむかってほこった。この一じょう些事さじうちに、おそるべきのろいひそんでたとは、のちおもれた。

 あるくだん錠前じょうまえ何者なにものにかけられ、土蔵どぞうなか米俵こめだはらぬすされた。

 盗賊どろぼう嫌疑けんぎたちまちに源次郎げんじろうにかけられた。いかに日頃ひごろあいされてても、殺人さつじんざいおかした曲者くせものである。こと錠前じょうまえ秘密ひみつってもの源次郎げんじろうほかにはない。必定ひっじょう盗人ぬすびとはこれだということになり、島役人しまやくにんたちま源次郎げんじろうとらえて糺弾きゅうだんした。ところ源次郎げんじろう什麼どうしても自分じぶんがその犯人はんにんであることを白状はくじょうしない。

 日頃ひごろ大恩だいおんけて旦那だんなのものを、なんんでも、わたしるようなこといたしません。泥棒どろぼうほかにあります。ほかさがしていただきます。

 此奴こいつ図太ずぶといというので、乱暴らんぼう島役人しまやくにんは、ただち海岸かいがん仕置場しおきばへと源次郎げんじろうれてき、らんかぎりの拷問ごうもんにかけた。当時とうじ拷問ごうもんというのは旧幕きゅうばく時代じだい遣方やりかたそッくり、乱暴らんぼう残酷ざんこくとをきわめたものであった。るべくかどのあるいしならべていて、罪人ざいにんそのうえすわらせ、ひざうえにドシドシおもいものをかさねる。

『さァ神妙しんみょう白状はくじょうしろ!』

などとてる。源次郎げんじろうくしてめられた。

 源次郎げんじろうあしやぶれて、血汐ちしおがドクドクながれるが、それでも、かれったとはけっして白状はくじょうしなかった。

 これではぬるいというので、今度こんど背部うしろにまわした両手りょうてに、ながなわをかけて、えだりあげた。くるしいので悲鳴ひめいはあげるが、それでも源次郎げんじろうつみふくしなかった。

 この残酷ざんこく拷問ごうもんが、連日れんじつ連夜れんや、十幾日いくにちわたってつづいた。源次郎げんじろうかげもなくおとろて、だらけになってヒイヒイってたが、それでもばかりは物凄ものすごひかりかがやき、うらみの形相ぎょうそうすさまじくこのながらのおに姿すがたになった。

『ああ口惜くやしい!』

拷問ごうもん合間あいま合間あいまに、かれくちなかで、えずつぶやいていたそうだ。

つみもないものをこの責苦せめくわせるとはあんまりだ。なんわれても、らぬものはらない。うらめしいのは村長むらおさ旦那だんな量見りょうけんだ。あれほど平生へいぜい可愛かわいがってれながら、今更いまさら泥棒どろぼうあつかいは何事なにごとだ。ああなさけない! うらめしい! 縦令たとえんでもこの口惜くやしさはわすれるものか……』

 せるなみおとにまじって、えだえきこゆるうらみの文句ぶんくには、流石さすが島役人しまやくにん戦慄みぶるいしたそうだ。

 島役人しまやくにんにはあまるというので、源次郎げんじろうはやがて伝馬町でんまちょう獄舎ごくしゃおくられたが、もなく牢死ろうしげたということである。

 これだけことは、奥山おくやま夫人ふじん乳母うばからの手紙てがみに、細々こまごましるされてあった。


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