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〔一〕 綾部の冬籠

(十七)


 奥山おくやま親子おやこ引越ひきこしてから、二月ふたつきばかりの日子にっしまたたひま経過けいかした。さむさかりの丹波たんば気候きこうは、おとろてた病態びょうたい什麼どうかと心配しんぱいされたが、それほどこともなくかく無事ぶじ経過けいかした。さりとて捗々はかばかしく快方かいほうむか模様もようえず、一にちとして寝床ねどこなかはなれることはなかった。ある自分じぶん受持うけもちの四かたさんにその容態ようだいたずねた。

『いかがですか、すこしはほうむかいましたか』

『さァ』

と四かたさんは、いささ当惑とうわくいろうかべて、

却々なかなかおもわしくございません。何分なにぶんにも悪霊あくれい邪魔じゃまはげしいので……』

当人とうにんなり、また両親りょうしんなりの信仰しんこう什麼どんな模様もようです』

信仰しんこうこころさえ出来できれば、かみさまの御守護ごしゅごちがいますが、ドウもそれが六ヶ敷むずかしいので……』

 自分じぶんにかかるので段々だんだんしらべてると、あま面白おもしろからぬ箇所かしょ発見はっけんした。当人とうにん息子むすこは、最初さいしょ至極しごくおだやかな少年しょうねんであったが、近頃ちかごろは、その人格じんかくが一ぺんしてて、非常ひじょう我侭わがままい、えず癇癪かんしゃくおこして、看護かんご両親りょうしんむかって口汚くちぎたなののしることさえあった。両親りょうしん不相変あいかわらず立派りっぱ人達ひとたちであったが、ただ什麼どうしても神様かみさまことはさッぱりわからなかった。頭脳あたまなか子供こども病気びょうきたいする心配しんぱい懸念けねんとで一パイになってて、そのことのみに夢中むちゅうになってた。かく子供こども病気びょうきなおしてしい、病気びょうきなおったら、そのうえ信仰しんこうしようという態度たいど什麼どうしても脱却だっきゃくすること出来できなかった。自分じぶんこまったものだとおもった、大本おおもと信仰しんこう困難こんなんじつこのてん存在そんざいする。在来ざいらい信仰しんこうならば、大体だいたいこの筆法ひっぽうでよかった。かみつね人間にんげん奴隷どれい位置いち蹴落けおとされ、つね人間にんげんから交換こうかん条件じょうけんせられてあまんじてた。国祖こくそおしえは絶対ぜったいこれゆるさない。一さいかみまかせ、無条件むじょうけん信仰しんこうる。そうすればかみはじめて御守護ごしゅごあたたまう。かみしゅにしてひとじゅう。このてんおい寸毫すんごう仮借かしゃくもない。

 自分じぶん奥山おくやまさんを自宅うちんで、呉々くれぐれもこのこときて注意ちゅういあたえ、その態度たいどを一ぺんさすべく努力どりょくしてたが、什麼どうしてもおもうようにかなかった。二た言目ことめには病気びょうきはなして、ふか溜息ためいきらされ、そのこと頭脳あたまみなかった。どくでもあったが、しかし同時どうじ歯痒はがゆくもあった。子供こども病気びょうき成程なるほど大事だいじには相違そういないが、国家こっか浮沈ふちん人類じんるい存亡そんぼうさら大事だいじだ。っとは雄々おおしく、大和やまとだましい発揮はっきし、一しん利害りがい得失とくしつうえに、超然ちょうぜんたる神心かみごころになってれても、よかりそうなものとおもっても、却々なかなかあつらきにはかなかった。

 そうするうち自宅うちのすぐとなりいえいたので、奥山おくやまさんの一はそれに引越ひきこしてた。で、自然しぜん自分じぶんがその面倒めんどうてやり、また鎮魂ちんこんもしてやる破目はめになった。となりからは始終しょっちゅう自分じぶんびにる。

『ドウもせがれ衰弱すいじゃくはげしいようです。一鎮魂ちんこんをおねがいします』

とか、

今日きょうあさから癇癪かんしゃくおこし、難題なんだいってこまります。一鎮魂ちんこんねがわれますまいか』

とか、一にも鎮魂ちんこん、二にも鎮魂ちんこん、まるきり鎮魂ちんこんもって、注射ちゅうしゃなんぞの代用だいようかんがえてるらしいのには、少々しょうしょうあきれざるをなかったが、しかし一ぽうには、その様子ようすあまりにいぢらしくどくにもあり、また他方たほうには、病気びょうき真因しんいん那辺なへんるかを、きとめてたいとの研究心けんきゅうしん手伝てつだい、自分じぶん都合つごうつくかぎ訪問ほうもんしてやった。

 幾何いくばくもなくして、自分じぶん病人びょうにん憑霊ひょうれいが、奥山おくやまのろところの、余程よほど悪霊あくれいであることにがついてた。ひそかに様子ようすうかがってると、せがれけっして本来ほんらいせがれではなくして、如何いかにすれば奥山おくやま夫妻ふさいくるしめるかと、たんにそのことばかりを工夫くふうしてる「あるもの」の容器いれものぎなかった。物凄ものすごい、うらみの眼光がんこうかがやかしながら、きわめて慳貪けんどんこえで、蒲団ふとんなか呶鳴どなてる。

さむいぞ、はや行火あんかってい!』

 母親ははおやはおどおどしながら、いそいで行火あんかれてやる。すると五ふんたぬうちに、ふたた慳貪けんどんこえ呶鳴どなる。

あつあつい! んな行火あんかなぞってしまえ!』

 今度こんど父親ちちおやあわてふためきつつ行火あんかとこなかからす。してはれ、れてはし、五でも十でも際限さいげんなく繰返くりかえす。

 それはたん行火あんかばかりにかぎらない。食物しょくもつたいしても同様どうようあついとっては呶鳴どなり、つめたいとっては呶鳴どなり、かたいとっては呶鳴どなり、やわらかいとってはまた呶鳴どなる。これで満足まんぞくとか結構けっこうとかったことは、ただの一つもなく、そのたびごとかなら呶鳴どなてる。ことにそれが母親ははおやたいして露骨ろこつであった。母親ははおやなみだぐんで、途方とほうくれて、へやなかをウロウロするのをると、ひややかなる満足まんぞくえみたたえてるらしかった。

成程なるほどこれでは奥山おくやまさん夫婦ふうふ神様かみさまみち辿たどり、ただしい信仰しんこうこころ余裕よゆうがないはずだ。矢張やはりこのせがれいて悪霊あくれいが、信仰しんこう邪魔じゃまをしてるのだナ』

自分じぶんこころうちうなずいて、その悪霊あくれい正体しょうたい看破かんぱすべく全力ぜんりょくげた。

 五へんぺん鎮魂ちんこんかさねてうちに、憑霊ひょうれい発動はつどう益々ますます露骨ろこつとなり、おどろくべき事実じじつ次第しだい次第しだいにそのくちからでた。同時どうじ奥山おくやま細君さいくん乳母うばであったというろう婦人ふじんから、四十年前ねんぜん報告ほうこく手紙てがみとどいて、前後ぜんご因縁いんえん益々ますます明瞭めいりょうになった。

 せがれいてるのは、源次郎げんじろうというものの亡霊ぼうれいで、これが奥山おくやまたいして、ふかふか怨恨えんこんいだいてるのであった。


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