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〔一〕 綾部の冬籠

(十四)


 自分じぶんはなだめてたり、すかしてたり、またしかってたり、さまざまにつくしてたが、什麼どうしても白状はくじょうせぬので、憑霊ひょうれい反省はんせいうながしていて、鎮魂ちんこん中止ちゅうしした。

 それから二かいばかりも、引続ひきつづいて鎮魂ちんこんをして、言葉ことばつくして白状はくじょうさせようと努力どりょくしたか、却々なかなか頑固がんこきつねで、ドウしても無茶むちゃる。

 そうするうちにも、一たんほぼ治癒ちゆしてはず中耳炎ちゅうじえん再発さいはつして、さかんにジクジクのうる。同時どうじはなも、ズンズン悪化あっかしてく。自分じぶんはほとほと当惑とうわくした。

 うなると、大概たいがいひとまよいおこして、心配しんぱいするものだが、谷本たにもとさんの態度たいど流石さすが見上みあげたもので、平然へいぜん自若じじゃくとして、万事ばんじ自分じぶんに一にんし、心配しんぱいらしいいろせなかった。自分じぶん奮発ふんぱつして最後さいご手段しゅだんるべく決心けっしんした。自分じぶん神前しんぜんぬかづきて祈願きがんめた。

大神おおかみさまに申上もうしあげます。谷本たにもと憑依ひょういしてきつねは、審神者さにわ追窮ついきゅういて、最早もはやこたうるところらぬにかかわらず、頑固がんこ少彦名すくなひこなのみことであると主張しゅちょうして、悔悟かいごいろせませぬ。何卒なにとぞ大神おおかみさまの御威徳ごいとくにより、その正体しようたいあらわさせていただござります』

 それから自分じぶんは、谷本たにもとさんを金龍殿きんりゅうでんき、他人たにんられぬよう、全部ぜんぶ障子しょうじふすまりて、断乎だんこたる決心けっしんもっ鎮魂ちんこん著手ちゃくしゅした。

 神笛しんてきらすこと一二ふんならざるに、モウ憑霊ひょうれいは十ぶん発動はつどう状態じょうたいうつった。自分じぶんねんめにモ一それにいきかせた。

すでに二かいかいわたりて戒告かいこくあたえ、改心かいしんせまっているにかかわらず、なおいさぎよ自白じはくするにいたらず、あくまでもたっとかみかたることは不都合ふつごうである。ただち白状はくじょうすればそれでよし、このうえその態度たいどあらためざるにおいてはいたかたがない。大神様おおかみさまのおゆるしをもっなんじ正体しょうたいあらわさしてれる。それはむをざる最後さいご手段しゅだんで、自分じぶんとしてものぞましくはい。わることわぬ。おとなしく白状はくじょうしてくれい』

『イヤなんおうがこのほう少彦名すくなひこなのみことじゃ、うそいっわりもうかみではない』

 うなっては最早もはや言論げんろん余地よちはなくなった。どくでも草薙くさなぎ神剣しんけん威力いりょくほどせねばならぬ自分じぶん問答もんどう中止ちゅうしして、大神おおかみさまに黙祷もくとうした。

『いかにしても自白じはくしませぬ。憑依物つきもの正体しょうたいあらわさせていただきます』

 自分じぶんもこのしゅ実験じっけんはじめてである。どうなることかと姿勢しせいかまえてると、谷本たにもと面貌めんぼう変化へんかじょうじてた。何処どこさかいともぬが、かくかわってた。所為せいでもなんでもない。

 そのくちびるおもって一二すんで、具合ぐあい耳朶みみたぶうごかただれても正真しょうしん正銘しょうめいまがいなしのきつねである。

けッ!』

 と、ちからあるこえおぼえず、自分じぶん下腹部かふくぶからほとばした。すると谷本たにもとさんのあたま上下じょうげうごながら、

『コン! コンコン! コンコンコン! コン!』

 と夜寒よさむそらきこえるような、さびしい、かなしい、きつね鳴声なきこえがそのくちびるからしたではないか。

べッ!』

 また自分じぶん下腹部かふくぶから、ちからある号令ごうれいほとばしった。あなやとに、谷本たにもとさんの体躯からだ前屈まえかがみになりて、ピョコンと四しゃくばかりもんだ。

ながべッ!』

 また号令ごうれいが一すると、コンコンながら、ピョコンピョコンと、四十八じょう金龍殿きんりゅうでんないを、谷本たにもとさんの体躯からだ縦横じゅうおうまわった。それがおよそ三十分間ふんかんもつづいた。

かみ威力いりょくおそろしいものだ』

 というかんが、当人とうにん谷本たにもとさんには無論むろんのこと、自分じぶんにもしみじみとかんじられた。

此方こちらい!』

 と、さら号令ごうれい自分じぶんくちからはつせられると、谷本たにもとさんの身体からだ自分じぶんまえんでたが、余程よほど肉体にくたいつかったものとえて、ヘトヘトになってたたみうえたおれてしまった。

うじゃ、それでもまだ少彦名すくなひこなのみことるか』

 と、自分じぶん憑依霊つきものむかってった。すると谷本たにもとさんの肉体からだはムクムクとあがって、たたみうえ両手りょうていて、

おそりました。うなれば大神おおかみさまの御前ごぜんで、なにも一さい申上もうしあげてしまいます。少彦名すくなひこなのみこととは詐称いつわりなにかくしましょう、拙者てまえ王子おうじ稲荷いなり眷族けんぞくござります』

王子おうじというと、あの東京とうきょうの?』

左様さようござります。昨年さくねん以来いらい仔細しさいあってこの谷本たにもときました』

谷本たにもと中耳炎ちゅうじえんやら、その病気びょうきは、そのほうがやらせてるのだろうナ』

左様さようござります。これにはふか仔細しさいのあることで、じつは、このもの生命いのちまでるつもりできました』

生命いのちまでるつもり……。ちくそのわけ自分じぶんはなしてもらいたい』

承知しょうちいたしました。一さいこと大神様おおがみさままえ申上もうしあげてしまいます』


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