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〔一〕 綾部の冬籠

(十三)


 二十八にち全快ぜんかいすると、谷本たにもとさんに断言だんげんしたはいいが、矢張やはにはかかった、なおなおらぬは大部分だいぶぶん当人とうにん改心かいしん如何いかんによるのだから、自分じぶんとしてはそれまでに是非ぜひ先方せんぽう改心かいしんせしめねばならぬ。で、自分じぶんは一しん神様かみさま訴願きがんをかけると同時どうじに、早速さっそく谷本たにもとさんを金龍殿きんりゅうでんれてって鎮魂ちんこん著手ちゃくしゅした。

 一二かい鎮魂ちんこんをやってうちに、そろそろ手応てごたえがありした。とうとう四回目かいめかのときに、言葉ことばをきらせること成功せいこうした。

何誰どなたです? 御守護神ごしゅごじんさんの御名おなうかがいます』

 何時いつもやる紋切形もんきりかた質問しつもんはっしてる。あくまで善言ぜんげん美詞びじもちうるというのがかみみちなので、よしや、先方むこう狐狸こりれいれてても、最初さいしょ鄭重ていちょうるのを法則ほうそくとする。あたまから慳貪けんどんな、粗硬ぞんざい言語げんごもちうると、内々ないない改心かいしん帰順きじゅんする気持きもちのものまでが反抗はんこうしたがる。什麼どうしても、言向ことむやわすことをわすれてはならない。

 谷本たにもとさんの憑依霊つきものきつねであるのは、じつ最初さいしょから自分じぶんれてた。やっこさんなん返事へんじするかとると、中々なかなか勿体もったいった態度たいどって、

少彦名すくなひこなのみこと

 と名告なのったものだ。自分じぶんこれをきいたときに、微笑びしょうきんずることが出来できなかった。少彦名すくなひこなのみことかずある神様かみさまうちでも、もっと小柄こがら神様かみさまで、ゆびまたからしたということが、神話しんわのこってる。四しゃくすん谷本たにもとさんをこれに見立みたてた手際てぎわは、たしかにうまいとわねばならぬ。

きつねきつねだが、こりゃすこのきいたきつねだワイ、一筋縄すじなわではかぬかもれぬ』

 とこころうちおもった。

少彦名すくなひこなのみことッしやると、何誰どなたのおさまですか』

『このほう神皇彦霊かむみむすびのかみであるのだ』

『いかなるお役目やくめかみさまですか』

医術いじゅつじゃナ、くすりなどというものは、みなこのほうからさずけたものじゃ』

 古事記こじき日本にほん書紀しょきせてあるくらいことはスラスラこたえる。一寸ちょっとこの方面ほうめんから尻尾しっぽがつかまりそうにもないので、自分じぶんはいろいろとむねうち工夫くふうらしたが、さてかんがえもうかばぬ。

什麼どういう因縁いんねんもって、谷本たにもと肉体にくたいに、おかかりなられましたのですか』

谷本たにもとはこれでなかなかやくおとこじゃから、選抜せんばつして使つかうてるまでじゃ』

しからば少彦名すくなひこなのみことには、肉体にくたいにもおかかりなさることがありますか』

『そりゃかかったことがある。世界せかい経綸けいりん使命しめいあずかるこのほうであるから、屡次しばしば海外かいがいにも出張しゅっちょうし、外国がいこくじんにもかかってやらねばならぬ』

 と却々なかなか気焔きえんく。自分じぶんはいささか追窮ついきゅう糸口いとぐち見出みいだしたとおもった。

外国がいこく方面ほうめんでは、最近さいきんいずれのくに御出張ごしゅっちょうなされましたか』

独逸ドイツってまいった』

独逸ドイツ何人だれかにおかかりでしたか』

独逸ドイツではあのカイゼルにかかって仕事しごといたした』

 いよいよめた! と自分じぶんひそかに北叟ほくそんだ。

『カイゼルにおかかりなされましたか、しからば、少彦名すくなひこなのみことには、独逸語ドイツごには御精通ごせいつうのこととしんじます』

独逸語ドイツごか……。ってる』

 と少々しょうしょう躊躇ちゅうちょ気味きみではあったが、騎虎きこいきおいで、かくった。

 自分じぶん独逸語ドイツご知識ちしきすこぶ貧弱ひんじゃくであるが、半分はんぶん出鱈目でたらめぜて早速さっそく独逸語ドイツごしゃべしてやった。イヤ流石さすが自称じしょう少彦名すくなひこなのみことさまもこれにはおおいあわてた。自分じぶん質問しつもんたいしてなんこたえる詮術せんすべらず、ただくちをモグモグさせるだけであった。

独逸語ドイツご御精通ごせいつうだとうけたまわってりますが、何故なぜそう御遠慮ごえんりょあそばします。万望どうぞ独逸語ドイツごで、拙者せっしゃ只今ただいま質問しつもん御返事ごへんじねがいます』

『…………………………』

 自分じぶん谷本たにもと憑依霊ひょういれい当惑とうわくした様子ようすて、可笑おかしくてたまらなかった。噴飯ふきだしたいのを無理むり我慢がまんして、

『いかがですか、独逸語ドイツご余程よほどわすれの御様子ごようすですナ。わたし独逸語ドイツご大抵たいていわすれてしまったが、かみさんでも矢張やはりおわすれなさるものとえる』

『そりゃかみでもわすれる……』

独逸語ドイツごの一、二、三、四はなんといいましたかナ、それくらい御記憶ごきおくはありましょう』

『ムムそれくらいおぼえてる……』

っていただきます』

『ワン、ツー、スリィ……』

 とうとう自分じぶん失笑しっしょうしてしまった。

冗談じょうだんじゃない、それは英語えいごの一二三だ。その様子ようすでは、貴下あなた少彦名すくなひこなのみこと名告なのるのも、ドウもあま信用しんよう出来できない。他所よそってなら、なん出鱈目でたらめってもよろしいが、大本おおもと大神様おおかみさままえではうそいつわりは御慎おつつしみください。芝居気しばいぎして、本当ほんとうこと白状はくじょうなさい。それが改心かいしんだいじゃ』

『イヤうそいつわりはわぬ。このほうまった少彦名すくなひこなのみことちがいはない……』

だまれ!』

 と自分じぶん大喝だいかつした。

少彦名すくなひこなのみことであるか、それともそうでないかが、大本おおもと審判者さにわわからぬとおもうか。大神様おおかみさまは、改心かいしんじつげたものから、すくいのつなをかけられる。かみ詐称さしょうするようでは、まだまだ改心かいしんには距離きょりとおい。さァはやりのままを白状はくじょうせぬか』


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